小宮孝泰の落語歴







中学時代に授業中に落語の本を読んでいて先生に見つかる。
怒られるかと思ったら、逆に”やってみろと”と言われて、当時の円鏡師匠の「不精床」を教壇で演じる。

神奈川県立小田原高校に入学と共に落語研究会を創設。
3年間で「狸さい」「道具屋」「長屋の花見」「たがや」「宮戸川」「後生鰻」「饅頭怖い」「粗忽の釘」などを演じる。

明治大学に入学。今では名高い落語研究会に入部。先輩には三宅裕司・立川志の輔・立川談之助さんらが、同期には渡辺正行・立川談幸・寄席文字の橘右門らがいた。
4年間で「青菜」「錦の袈裟」「大工調べ」「寝床」「百川」などを演じた。高校時代より少ないのは、すでに芝居を始めていたからだろう。



最近の落語歴
1992年ごろ。「道具屋」
明大落研の金字塔『紫紺亭志い朝』の会のゲスト前座を務める。
有楽町の朝日マリオンホールは、三宅さんや志の輔さんを観たさに満杯であった。
「道具屋」を10数年ぶりに演じる。ちなみに稽古は親交のあった林家こぶ平さん(現、林家正蔵師匠)につけてもらった。


2002年10月。「手紙無筆」
TV朝日の人気刑事番組「相棒」の第3話ゲスト主役で、落語家”橘亭青楽”を演じる。早朝の新宿末広亭でロケした高座では「手紙無筆」を披露。主演の水谷豊さんや監督の和泉聖治さんらを唸らせる。
この時の落語指導はコントユニットのパンタロン同盟仲間の春風亭昇太さんにお願いした。
ちなみに番組のプロデューサーSさんは下記リンクのコメントを番組HPに披露。
Sさんのお褒めの言葉


2004年1月〜5月
文化庁文化交流使として渡英。日本文化を知ってもらうために、高校・大学で鍛えた落語の腕前を披露。特に英語落語の「厩火事」を始めとして、着物の着方、扇子と・手ぬぐいの小道具としての使い方などのワークショップをロンドン近郊の小・中・高校や、親日の親睦団体で開催。これも各地で大好評を得る。

ElementaL
ロンドン近郊の小学校で落語のワークショップ。
音を立てて蕎麦を食べる日本流の作法を教える。これは場内大受け、大喝采。でも家へ帰ってから子供たちが音を立てて食事をするのでうるさいと後で注意された。

5月には大学時代のクラブ仲間である橘右門にも渡英してもらい、寄席文字との共同ワークショップを開くなど積極的に活動した。
これらの詳しい様子は
このHP内の”こんなもの書きました”「ロンドン右往左往」を参照あれ!


2004年6月25日。英語版「厩火事」
「明大落研同期の会」〜30年目の落語会〜
新宿明治安田生命ホールにて、同期6人の会を催す
出演:立川談幸(幹事長)渡辺正行(渉外)橘右門(生田校舎・寄席文字) 瀬戸宏茂(書記)原田泰(生田・上方落語)そして私(会計)
イギリス留学中の話題をマクラに振って、手慣れてきた英語版「厩火事」を日本語であらすじを説明した後に披露。たっぷり笑いを取る。

umaya
安田生命ホールにて帰国後初の高座姿。
写真家の
御堂義乗氏撮影。

2005年4月
日本橋のお蕎麦屋さん「翁庵」にて柳家喬太郎さんと2人会。
私は英語版「厩火事」


2006年12月。4分「子別れ」
NHK教育の「中学生日記」〜父と娘の人情噺〜
思春期の娘に嫌がられているが、最後には落語の熱演で理解してもらえる噺家(噺家捨八)を演じる。家族の絆を描いた秀作ドラマだった。
この時の落語は、何とあの名作「子別れ」を4分で演じきる。脚本も担当したモロ師岡さんの下敷き落語台本を基に、小宮が再構成して春風亭昇太さんに直してもらい、実演の稽古は演劇ファンの柳家喬太郎さんにつけてもらった。
喬太郎さんは、長尺ものの落語が4分でまとまることに感心しきりだった。

sutehachi

普段の捨八は、お客様に受けるためなら芸の品格など気にしない。
このようにおちゃらけた立ち姿の高座も珍しくない。
でも一端古典落語に入ったら俄然やる気が変わってくるのである。



2007年4月
日本橋のお蕎麦屋さん「翁庵」にて柳家喬太郎さんと第2回目の2人会。私の4分「子別れ」の後に喬太郎さんの本寸法の「子別れ」と、続けて「子別れ」をやる名企画が大成功。
さらにこの日は、コント赤信号の相方・ラサール石井くんの上方落語「無いもの買い」もトップバッターゲストだった。



2007年10月31日。「粗忽の釘」
橘流寄席文字一門会の主催による新宿末広亭の「橘右近」13回忌追善の余一会に出演
小宮はトップバッターで「粗忽の釘」を好演。
他にラサール石井・渡辺正行のコント赤信号揃い踏み。松尾貴史・なぎら健壱・松元ヒロ
そして立川談志・志の輔・談幸の立川流・三遊亭小遊三・瀧川鯉昇らの豪華な顔ぶれ
当然、チケットは前売り完売であった。
この日の模様は演劇専門誌「東京かわら版」に下記リンクのように寄稿しています。
「東京かわら版」2008年5月号予定の巻頭エッセイ

追記
「粗忽の釘」も柳家喬太郎さんに稽古をつけてもらったのが6月。演劇人らしいくすぐりを入れたのを褒めてもらえたのが嬉しかった。
それから数ヶ月の間に随分口演した。明治座の楽屋では共演者を前に、明大落研の後輩の知人の落語好きのお宅でもやった。9月には札幌演劇鑑賞会で催された私の一人芝居「接見」のロングラン公演の最中にもおまけで何回かやった。本多劇場ではパンタロン同盟4人と柳家花録さんの落語会もあった。さらには10月に客演していた劇団燐光群のメンバーを前にスズナリの休憩時間にも演じた。
これだけ場数を踏んでやっと末広亭に持ち込めた。
敬愛する落語の聖域を汚さないためにも、誠実な稽古量と経験が必要であると思っている。何より、お客さんを前にしてこなしてこその”活きた落語の味わい”があることを、この頃はっきり自覚していた。




2008年
この年は「大銀座落語祭」初出演に向けて「青菜」を仕込んで練りました。
今回も稽古指導は柳家喬太郎さんにつけてもらった。
さらに5月発売の「落語ファン倶楽部」Vol.5には、喬太郎さんの特集記事の中に私のインタビューも載ったので、喬太郎さんの落語や稽古の仕方などについて、私なりの賛辞と見解も語らせていただきました。
興味のある方はご購入あれ。

3月末の土曜日。日本橋のお蕎麦屋「翁庵」さんでネタ下ろし。三遊亭遊雀さんと。
4月中旬の水曜日。三鷹にて柳家喬太郎さんの落語会のゲスト。
4月27日(土)。中野芸能小劇場。柳家一琴さんの落語会のゲスト。
6月12日。札幌にて独演会。芝居「そのまま」の続きで。
6月17日。石和にてビデオトークも含めて口演。ゲストはウクレレ漫談のウクレレ栄二くん。
7月16日(水)。新宿の居酒屋「大小原」の寄席に出演。
7月19日。大銀座落語祭に初めて出演。ところが、これがファイナルイベントであった。コント赤信号が3人それぞれ演じた。リーダーは「時そば」、石井は「無いもの買い」

銀座ブロッサムは600人強の満員御礼。これだけ大勢のお客様の前でやるのは初めてである。
柳家花禄さん、清水ミチコさん、春風亭昇太さん。

2008年8月13日(水)朝日新聞夕刊より
映画、舞台、コンサート等の感想を書く「行ってきました」のコーナーに、こんな記事が載りました。
〜「大銀座落語祭」(7月19日、銀座ブロッサム中央会館)久しぶりに、笑い過ぎて涙が出る時間を過ごしました。「柳家花禄 VS 渡辺正行・ラサール石井・小宮孝泰の会」という企画では、コント赤信号が三者三様の落語を聴かせてくれました。3人とも噺家さんのように達者で、特に小宮さんの落語は見事でした。「アニキ〜」「待たせたなあ!」でおなじみのコントもあり、ひょうきん世代にはたまらない、笑いに包まれた一夜でした。
(エミー、43歳女性)
こういう記事を読むと勇気とやる気が出ますね。エミーさんありがとう!!!



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