3月16日(火)暖かい

部屋にいる時から、何だかぽかぽかしているなと感じていた。
今日はコートとセーターを脱いでみよう思い、薄手のジャンパーとヨットパーカーで出かける。外に出ると明るい空が広がり、春の陽気だ。すっかり季節が変わった感じがする。
ロンドンに来てから今日で丁度2ヶ月。季節の変わり目で、私の滞在も半分過ぎた。

昼からフジの守谷さんたちとOxford circusで会食。今日は4月2日の「接見」を撮影してくれるスタッフさんたちと顔合わせ。ディレクターのK女史。FIPの副社長Mさん。そしてTVカメラやスティールカメラの方たちともご挨拶する。前日リハーサルの件から、撮りたい内容、簡単な段取りなどを話す。皆さん好意的で安心した。私的な側面も持つ今回の上演を広報・記録してもらえるのだから嬉しい限りだ。
嬉しいついでに、また食事をご馳走になる。今日は韓国料理のランチ。”石焼きビビンバ”とか”カクテキ・オイキムチ”など懐かしい名前がメニューの中に並んでいる。
私は肉を欲しさに”プルコギ定食”にする。”定食”うーん、懐かしい響きだ。
カメラさんが韓国人の店員さん相手に「Two プルコギ定食ね」と、ごちゃ混ぜの言語で注文をしていた。まあ、それで通じてたけど。

食事後にフジロンドン支局(正確にはもう少し違う組織なんですが、分かりにくいので皆様これで今後も認識してください。略称はFIP)のオフィスにお邪魔する。
やはり何だか机の配置や物の置き方が、日本のTV局の匂いがする。壁には障子までデコレーションしてあった。
K女史と、お茶を頂きながらゆっくり相談。陽気も良いし、のんびりした気分だった。おまけに、落語「後生鰻」の台本コピーもお願いする。これは3本目の新たな噺に挑戦するためだ。きっとこの「後生鰻」の方が、子供などにも受ける気がする。

フジのオフィスを後にして、Victoriaの英語学校Frances Kingに向かう。昨日もらっておいた地図を頼りに思ったよりは簡単にたどり着いた。
来週の午前中の授業を予約する。来週は俳優学校などで取れる授業がないので、ここは自分の未熟な英語に鞭を入れることにした。

※ここでみなさん!ご注意!今日は授業料を払うためにカードを使ったが、機械に拒否された。これは今までにもしょっちゅう起きた。カードの不備せいではなく、機械の通信の不備だ。でもカードが一時でも使えなくなった身としてはとても不安になる。ロンドンなどの海外都市に長期滞在する方には、是非とも別のキャッシュカードやクレジットカードも持ってくることをお薦めする。ちなみに私も別の海外銀行のカードを持ってきている。すぐにそのカードで現金を下ろし、授業料を支払った。街にキャッシュコーナーが氾濫しているロンドンなどでは、もう1枚カードがあるだけで安心感が違うのだ。

ラサール石井演出の東京青山劇場の3月公演ミュージカル「スタア誕生」に楽屋見舞いを送るべく、紅茶と言えば”Fortnam & Mason”で色々と買い込む。


3月17日(水)本日も春の陽気
初めて買った、豚の生腸詰で野菜ウィンナー炒めを作る。そして今日は昨日聞いたばかりの変わったパスタを作る。茹でたパスタにバターをとろかせ、お茶漬けの素を振りかけて和えるのである。どちらもお味はグー!
特にパスタは簡単で美味しい。皆様、お試しを。

Fortnum & Masonで買い忘れのお茶とビスケットを購入。店員がしきりに冗談を言ってくるので対応に困る。情けない、それを喜べないとは!

日本食品屋さんの’らいすわいん’と’ありがとう’に「JAIL TALK」のチラシを貼りに行く。どちらのお店も好意的だった。それこそ”ありがとう”だ。
こういう地道な客集めの宣伝は、日本でもずっとやり続けていることなのでさほど苦にはならない。小劇場出身者はそんなもんでしょ。

Camden Townで革ジャンと革靴を購入。ロンドンに来る際に餞別を頂いた方へのお土産である。色々と店があるので、見比べてから買った。同じ街で売っている同じ品でも、多少は値段や置いてある柄が違うことを知った。大き目のジャンパーを何度も自分で着て見せてくれる親切な主人の家でジャンパーを買った。”Please give me discount”と言ったら、VATと£5を引いてくれた。


LeatherS
こんな看板の店が多いのです。実は買ったのはこの店じゃないんだけど


イタリア製品を半額セールで売っている店で渋い靴を買った。丁度良いサイズがなかなかなくて困った。

明日の落語のワークショップの準備。着物と浴衣の整理から始める。
着物と袴に着替えて日本語で落語の稽古。

深夜までいつものようにパソコンと対峙。

PCmirror
これが部屋のパソコン机風景です。なかなか良い感じの部屋でしょ。これはリビングルームです。
昼間の風景はこうです。でも夜一人でパソコンに向かっているのは大変ですよ





3月18日(木)
少し肌寒い。季節がちょっと戻った。これがロンドンの三寒四温かな?

Ustonから国鉄で約1時間。今日はNorthampton Grammer schoolで落語のワークショップ。私立の学校で小学生から高校生までがいる。
ここは関西の落語家さん桂かい枝さんの紹介でメールで知り合った馬本さんが日本語を教えている学校である。さすがに1時間電車に揺られて来ると郊外である。駅から学校までは田園風景が広がっていた

Umlibra
ワークショップ会場の図書館の外観。可愛い建物ですね。それに敷地が広い。


早めに着いたので、校内の食堂で小学生と一緒にお昼ご飯。この学校では時間帯によってランチを食べる児童の学年が分かれているらしい。アイスクリームをなめたり、デザートのバナナを食べている低学年の子供たちが興味深そうに私を見ていた。


Umelemen
子供たちに囲まれて写してみました。


私がちょっと英語で喋るとベラベラと話しかけてくる。さすがに彼らには私に分かり易く話してあげようなどという気遣いはない。なに言ってるか、さっぱり分からん。

献立はシンプルだが、味はまあまあいける。こちらのチキンは確かに美味しい。鶏インフルエンザの日本が可哀そうなようだ。


Umlunch
これが献立です。バターライスも美味しかった。子供には量が多いので、自分の好きな量や品だけバイキング形式で選べるようだった



今日は馬本さんの他に、お手伝いに来てくれた日本人女性が2人。合計3人のアシスタントはみんな和服姿である
予定の午後2時から馬本さんが小学生に話しかけるような日本語で喋りだしてワークショップが始まった。
今日の参加者は英国人ばかり30人くらい。高校生の他に、その家族や教師の方も含まれているので、年齢層が幅広い。
いつものように英語と日本語で落語をやってみたが、今日は特に落ちが受けない。文化や国民性の違いだろうか。私の演じ方だろうか。たぶん後者だ。

続いて、いつも通り扇子と手ぬぐいの使い方を実演。ここでも蕎麦の食べ方が一番受ける。蕎麦を音を立てて食べるのがどうにもコミカルなのだろう。常識的に麺類を音を立てて食べるのがマナー違反の国だから物珍しいのである。

講習中に随所随所で"噺家""座布団""手ぬぐい"などと平仮名で書いたカードを使って、馬本さんが生徒に復習させたり、グループ分けしてある学生のリーダーたちが日本語の分からない周りの人たちに解説したりしていた。
ゆっくりゆっくり教えるスタイルだ。
5分くらいのティーブレーク。
今日は午後の6限目、7限目、8限目をぶち抜きで通す特別課外授業なのだ。

で、7限目。
着物の着方の実演。一度着物を脱いで私が長襦袢姿になると「ワオーッ」と一応照れ隠しの歓声と笑いが起こる。
脱いだら、すぐに着始める。
しかし人前で英語で説明しながら着物を着るのはなかなか難しいものだ。
袴と羽織の正装になったところで、今度は生徒さんたちに着させてあげる番だ。
浴衣を男女一組に着せてあげる。女の子はもちろん手伝いの女性が着せてあげてくれた。

UmyukaW
こんな感じです。お手伝いの方は京都から教師の勉強に来ている人でした。ワークショップの終わりに彼女は祇園の舞妓さんの日舞まで披露してくれました


男の子には羽織・袴も着せてあげた。高座に乗って落語をやってみてと勧めたら、靴を穿いたままで上がろうとするのであわてて止めた。自分で当たり前のことが、ここではそうでないことを一瞬忘れてしまいがちだ。


UmyukaMW
こんな姿になりました。如何でしょう?


そして「厩火事」の夫婦の会話。これは照れていて上手にはいかなかった。
2人目の男の子に、蕎麦を食べる仕草を指導した。
彼が上手い具合にボケてくれたので、笑いが取れる。例えば、手で持っている器の大きさが洗面器のように大きかったり、コップのように小さかったり、あるいは大きさが変わってしまったりする。それと蕎麦の麺のかき回し方が大袈裟過ぎる。”それじゃ、麺もスープもこぼれちゃうよ”などと突っ込む度に場内は大笑い。


Umasoba
メキシコ系のリーダー的な存在の生徒。見た目はすっかり大人っぽいが、照れたりすると子供らしさが覗く


こういうのをボケとツッコミと言うんだが、イギリスでは認識として確立してないのだろうか?今明らかにみんなは笑っているわけだから、これが通じないわけではない。これは研究の余地あり。

終演後、デリバリーやら手伝いの方たちの手作りやらの日本料理を食べる。巻き寿司、卵焼き、肉団子。中でも馬本さんのお爺ちゃんの自家製だという”いかなごの佃煮”が良い。佃煮独特の味に生姜の風味も利いて実に美味しかった。他のものは美味しそうに食べていた生徒や父兄も佃煮にはあまり手をつけなかったので、私はタッパーにたっぷりお土産でもらってきた。こうなると日本のおばさん根性である。

夜フランス料理を食べに行くという馬本さんと電車でロンドンに向かう。
車内でいかなごの佃煮を肴に缶ビールで一杯やる。奇妙な風景の旅の終わりだった。


3月19日(金)
強い風が窓ガラスを打つ。雨もぱらつく。外に出たくはない日だ。

午前中に嫁さんからの荷物が再び届く。今日は私の名前が寄席文字で書いてある手ぬぐいが30枚。字は明大落研の同期、橘右門の筆だ。彼には5月に一緒にロンドンで活動してもらうことになっている。他に嫁さんのセーターやら私物やら、海苔の佃煮が1瓶入っているのも嬉しかった。子供の頃からの好物だ。

今日は窓ガラス拭き屋さんが部屋にやって来た。大家さんに紹介されて中に入ってもらう。私は出かけなければならなかったので、彼にはそのまま作業を続けてもらった。ちょっと心配だったのでお金などの所在の確認だけはきちんとして家を出る。

国際交流基金のKさんに面会に行く。5月に文化交流使の仕事が出来ないかどうかの相談だ。頼みに来たのが遅いので難しいのではと担当の女性に指摘された。ご尤もである。
表現者とエージェントの両方を兼ねた行動をしているので、どうしても何か抜け落ちてしまうのだ。こことの連絡もそれだった。
今回の趣旨や状況、必要最小限の要望などを丁寧に説明したら、エジンバラのJapanese Societyには連絡を取ってもらえることになる。
夏には演劇祭もあるエジンバラなら行ってみたいなと、図々しいことを思っていた。

Camden Townで前から気になっていた店で昼飯を食べる。覗くたびに混んでいるのであきらめていた所だ。入ってみて、その理由が分かった。いつも混んでいたのではなく、客の回転が悪かったのだ。ランチが出てくるまで待っていたが、その間に帰った客は一人もいなかった。新聞を読む者、暖炉で火にあたりながらダベッている者、ちっとも店を出ようとしない。確かに居心地は良さそうな店だった。
でも肝心の味と値段の方はいまいちだった。脂の多い献立にも閉口する。いくら流行りとはいえ、この国の若い女性がこぞって真冬に短いセーターを着て裸のお腹を出していられるのはこの脂のおかげであろう。

郵便局で小包用のパッケージを買って、東京は青山劇場「スタア誕生」の楽屋見舞いを梱包。作・演出はラサール・石井くんである。昨年の「こち亀」の共演者などもたくさん出ているのでFortonam & Masonの紅茶とビスケットを送った。
初めてPOST OFFICEで荷物を送ってみたが、£52もした。高いなあ

Actors Centreの芝居を見るためLeicester Squareに。学校のすぐ近くに回転寿司があるのを今頃発見。名前は”Gili Gulu”。”くるくる”がどこかで変化したのだろう。
£7.00で味噌汁付き、好きなお寿司を5皿食べられる。まあリーズナブルでしょう。開演までの待ち時間で試食。多分長い間回っていたので、ネタもシャリも乾き始めていた。それでも日本食には得点が甘くなっているのでぎりぎり合格。無難なマグロ、海老、アナゴ、しめ鯖、サーモンをいただく。
変わっているものも回っていた。鶏のから揚げ、スペアリブ、コーンサラダの軍艦巻き、焼きそば(これは高い皿)、山盛りの青海苔、揚げせんべい等等。
それに味噌汁にレンゲが付いていくるのも不思議だった。

Actors Centreのスタジオで初めて観劇。いかにもの小さなスタジオ劇場。
出演者は2人。内容は出演者の片方が書いた自作自演の姉妹の物語。演出はブラジル人らしい。
残念ながら、詳しいことはほとんど分からなかった。
姉妹の愛憎であること、時間と空間がかなり飛ぶことくらいは分かった。洋服を褒めあったり、けなしたりしているのも分かったが、詳細が分からない。何故こんなに言葉が多いのだろう。ほとんどの芝居に間がない。
突然女優2人がトップレスになったのには驚いた。そんな展開にはとても思えなかったし、また脱ぎたがる年齢でもなさそうだった。
タイトルの「Angel Filth」が”天使の汚物”だというのを後で調べて知って多少は納得できた。
今日は劇場を観に来たと言っても良かった。
それにしても、お客さんが少ない。今日は10人くらい。やっている方は、これで楽しいのだろうか?


話し変わって
昨日はバスの中で、今日はCamden Townの駅構内で日本人の人に声をかけられる。どちらも好意的に話しかけられたので、すかさず「接見」のチラシを配る。
今日は”ニュースダイジェストの記事を読みました”と言われた。昨日掲載紙が発売だったのだ。同じ日の紙面に楠原さんの芝居のお知らせや、以前に楠原さんに紹介してもらった元NHKのフリーライターの方が書いた夏目漱石の原稿なども載っていて、何か縁を感じる。
馬本さんから電話があって、今日は読売新聞にも掲載されたようだ。
”小宮ロンドンに在り”が少し広まったりしてるのかな?


3月20日(土)今日は風が特に強い

今日はActors Centreのすぐ近くにあるAMBASSADOR劇場でコメディ「STONES in his POCKETS」を観た。
牛の絵のポスターが前から気になっていた。

まず劇場が好きだった。手頃な大きさのやり易そうな中劇場だ。大劇場と同じように天井桟敷もあるが、舞台までさほど遠くはない。今までで一番気に入った。
オケピがないので、ストレートプレイ専門劇場なのだろう。


StoThe
これがAMBASSADAR劇場の外観。正面の牛の絵の看板が分かりますか?



肝心の芝居は、これも私の評価は今まででベスト1だった。
探していた喜劇が初めてここにあった。スタンダップコメディでもない、ミュージカルの笑いでもない。喜劇人が演じる笑いがそこにあった。ほとんどコントに近いと言ってもいいくらいだった。
出演者はたった2人。この2人で登場人物を全員演じる。
主な場面は映画の撮影風景。登場するのはエキストラの人間たち、スター女優、そのボディガード、監督やAD、その他全部で10数役のキャラだ。それぞれカリカチュアされていたりナチュラルだったり、人物の入れ替わり方も素早くて見事だ。例えば1回転ターンすれば役が変わっている。相手役の後ろを通り過ぎる瞬間にも変わる。舞台袖に引っ込めば衣装を少し変えて違う人物で登場して、さっき引っ込んだ自分自身のもう一役の悪口を言ったりする。敢えてゆっくり段々と人物が入れ替わっていくような変化球もある。当然彼らの芸の成せる業である。思いっきり笑える役や控え目なフォロー役など人物も多彩だ。

舞台には衣装箱のような箱が大小2つ。舞台奥のホリゾントの照明の前に30足ほどの様々な靴が並べてある。幾つかの靴は芝居中の登場人物の履物になり、大きな箱からはやはり幾つかの衣装や椅子が仕舞ってあって場面によって活用される。
舞台正面いっぱいに空と雲のフィルムの一コマが描かれている。
それ以外は何もない、素舞台に近い状態だ。
ウェストエンドにしたら限りなく安上がりで効果的な芝居だ。
これがコントやスケッチと違うのは物語に大きな流れがあり、きちんと作りこまれた台本があることだ。当然悲劇も哀愁もやるせなさもある。
言い忘れていたが、そもそもアイルランドの映画の話なので人種偏見に対する視点はもちろん言わずもがなである。
芝居が始まる前には映画館のCMのパロディのナレーションが流れる。残念ながら、そこまでは分かるが、ギャグは分からなかった。

StoSTdo
これはこの劇場の楽屋口。いわゆるStage Door。格好良いでしょ。ちょうどスタッフがいて良い絵面になりました


いつもと違って他のイギリス人の客以上に芝居を堪能した2時間だった。カーテンコールでそれぞれのキャラが出てくるサービスも愉快だった。最後に観客ににらみを効かして去るのはゴリラ動きのボディーガードの男だった。このキャラは出てくるだけで客の笑いを誘っていた。見事にプロらしいテクニックと演出だ。

こうなると当然台本が欲しくなる。だが、受付では本が売切れていた。係りの人に言われるままに、すぐに近所の本屋で購入。
”読んでからまた観に来よう”そのときすでに思っていた。いや日本で演じてみたい気にさえなっていた。とにかくお気に入りの逸品だった。


MouseTr""
こちらはもう52年もロングランしているアガサ・クリスティの「Mouse Trap」の劇場。同じ系列の劇場で。隣り合わせである




昨日から今日にかけて、私が滞在している間にロンドンに来たいという用件のメールが2通届いた。どちらも親しい人だ。3月下旬には私が初めて”ロンドンへようこそ”という立場になる。


3月21日(日)久しぶりに晴れ間が見える
そういえば、1月にロンドンに到着した日の飛行機からも、空から晴れたロンドンが見えた。あの日も雲が少なくて、ロンドンの街に所々雲の陰が写っているのが見えたのを覚えている。
市内上空を飛んでいる飛行機を見ると時々そんなことを思い出す。

良い天気なのに朝から部屋で原稿を書いていた。今回は留学雑誌WISHの2回連載用の第1回目の原稿だ。英語学校やホームステイ先などの手配はこの雑誌の会社にやってもらった。もちろん自分で探し当てて申し込んだのである。で、原稿もついでに売り込んだのである。内容は日記形式でいこうと思っている。編集者の意向で”恥”について触れていかなければならない。確かに俳優学校でも恥はかいているし、旅や街中でもかいているし、そもそも役者なんて恥の塊みたいなもんではあるが、いざテーマとして書くとなるとやっかいだ。始めは書きやすいと思って二つ返事でOKしてしまったが範囲が広い。
日本は恥の文化の国だとも言うし。
とりあえず、この日記を掘り起こす作業から始めていった。

午後、映画を見るつもりでCamdenの街へ出る。マーケットは相変わらずの日曜日の雑踏だ。

Comecrowd
こんな感じでごった返しています。日本と違って古い建物が多いので、どちらかというとくすんだ色の街のイメージが私にはあります


でも1本道を外れると案外静かである。映画の時間まで間が開いたので動物園の方まで散歩する。いつもは通らない道を通るとイタリアンの大衆食堂があったり、スポーツジムがあったり、古いお屋敷があったり、なかなか面白い。
LONDON ZOOの手前で丘のある公園を発見。
馬鹿と煙は高い所に上がるが、高所恐怖症の私でも丘の上なら上りたい。緑の芝生を早足で突っ切る。青い芝生を無造作に踏みしめていくのが楽しい。上りきったところでにわか雨が降ってきた。てっぺんから見下ろしたロンドンの街の手前を、まるで映画の効果のようなシャワーが通り過ぎて行く。恐らくテムズ川の辺りだろう、高いビルが集まっている所は別世界のように見える。実に絵になる光景だった。

世界の”北野武”の「座頭市」を見る。近頃ロンドン市内ではたけしさんの似顔絵を描いたこの映画のポスターやチラシをよく見かける。やっぱりたけしさんのイギリス人気は本当なのだ。ということは”「ソナチネ」の渡辺哲は俺の友達だ”というと一目置かれるのだろうか。”渡辺哲はお風呂が嫌いだ”とばらすと受けるだろうか?

「座頭市」は小さい方の映画館でやっていた。入りは6割くらい。何館も一斉同時上演しているのだから健闘していると思う。
最高とは言わないが、噂どおりに面白かった。今回は娯楽に徹しているとはいえ、随所にたけしさんの冷めた目線がある。殺陣も上手い。
ガダルカナル・タカのギャグにイギリス人も笑っていた。タカのギャグや間はたけしさん生き写しだ。弟子と師匠の、お互いの惚れ込み具合が良く分かる。
柄本明さんや岸部一徳さん、石倉三郎さんらの懐かしい顔をスクリーンで堪能した。日本語だけのドラマを見るのは久しぶりだ。朝倉も美味しい役で出ていたな。
イギリスの舞台や映画を見ていてもそんなことは感じないのに、日本人の芝居を見ていると何故だか”負けられないぞ”という気になってしまう。これは私の視野が狭い証拠だろう。もっとWorld−Wideに物を見ないと・・・でも難しい。




3月22日(月)快晴
久しぶりの英語学校。初日は、やっぱり遅刻。私は駄目人間である。
午前中のGeneral Classは16人も生徒がいた。しかも日本人と思われる人間が私を含めて6人もいた。
今回の校舎はVictoria。

Camdenのイタリアン大衆食堂でツナ&トマトソースのスパゲッティを注文する。 こんなに大量に出てきた

pastaBIG
カップなどの縮尺で量が分かるかな?結局5分の4くらい食べて諦めた


7時からAngelで土田くんとActors Centreに通う、もう一人の日本人の女優Fさんと会って食事と飲み会。
ギリシャ料理の店。レバーの料理を頼んだら、ほとんど焼き鳥の塩の味つけだった。私はそれが好きなので酒が進む。
土田くんの話に2人で笑わせてもらった。
ワインを大いに飲んで語らう
日本での仕事の話や、土田くんの仕事の悩み、京都撮影所の大部屋さんたちの話にも花が咲いた。
皆さん泣かされてるんですね、あの撮影所では。私も初めてあそこで時代劇ドラマを撮ったときには困惑した。「お栄ちゃんの浮世絵日記」というTBSの1時間ドラマで、葛飾北斎を鈴木清順、主役のお栄を今は”ク・ナウカ”の美加里、そしてその相手役の準主役が私でした。
ただし土田くんの悩まされたのには彼にも原因がるらしい。肝心なところで大遅刻したり、好奇心が邪魔をしたりである。彼の肩を持つとすれば、彼が劇団の主宰で作家であることも災いしたようであるが。



3月23日(火)晴れたり曇ったり雨だったり
英語学校2日目。
否定疑問文の練習を繰り返す。人数が多いので指される回数が少ない。会話もそんなに多く出来ない。その分授業料も安いのではあるが、得るものも少ない。
隣のタイ女性とテキストの絵を見ながらペットショップの恋人のお話をああだこうだと考えて作る。彼女は日本にもいたことがあるらしく親近感が持てるタイプだ。
何時の間にか、私が日本の喜劇俳優だということが知れ渡り、休憩時間にしばしそんな話題で盛り上がる。普通はここで嫌がるのかもしれないが、私は「接見」の宣伝のチャンスだと思ってしまう。早速4月2日のRADAのチラシを数枚配る。どうも小劇場の癖が抜けない。

昨日と同じ大衆レストランでチキンカレーを食べる。
昨日隣の人が食べているのを見て食べたくなったのだ。他人のを見て食べたくなってしまうのは子供頃からの、これも癖である。£4.50.安いし美味しかった。

日本へお土産を送る。革ジャンと靴を買ったのだが、郵送料がその半分以上のお金がかかる。高いなと思うが、どうしようもない。
帰国の際には、また相当な値段がかかるのだろう。
なるべくたくさんロンドンに物を残して置いていった方が良さそうだ。

学校の宿題を片付けようとしたら、これが結構難しかった。前置詞”up”を伴う動詞をかなりな数調べることになった。電子辞書の弱点は検索に時間がかかることだ。 そういえば教室で電子辞書を持っているの日本人とアジア人だけだ。
「接見」の芝居中の難解な用語や日本の固有名詞などをピックアップして英英辞典の解説をつける。4月2日の公演の際には事前に配るつもりでいる
そういう気配りも必要だろうとアクティングの先生DEE CANNONも言っていた。


3月24日(水)
英語学校3日目。授業開始前に到着。そしたら生徒は3人しかいなかった。
後から先生やら他の生徒がぞろぞろ登場。結局満席になる。

mustやShouldやOught toの義務やアドバイスの動詞の学習。
休憩時間に「接見」のチラシを今日は全員に配る。
テキストがコメディアンの話題になった。日本ではあまり考えられないような内容が教材になっている。でもむしろこのようなことの方が一般常識として必要なのだと思う。
登場していたのはチャップリン、ローワン・アトキンソン、ローレル&ハーディ、エディ・マーフィー、アニメのシンプソン一家など。

Camdenの日本食屋さん「BENTO」でとんかつライスを食べる。
1)肉が少々硬い。2)ソースをかけ過ぎだ。3)ご飯が少ない。4)付け合せの野菜はレタスではなくキャベツにして欲しかった。5)味噌汁も欲しかった。以上の点を除けば概ね美味しく頂きました。
お持ち帰り自由でニュースダイジェストが置いてあったのでもらった。ついでに、つい表紙に写っている私の写真を指して”It’s me”などと言わなくてもいいことを店員に自慢してしまう。
そしたら”とんかつの味はどうっだった”と聞かれたくないことを質問されてしまったので適当にお茶を濁した。

3月25日(木)
日本大使館のパフォーマンス用の準備に意外な時間がかかる。
そして死ぬほど荷物が重い。家を出るのが遅れた上に、道や地下鉄の移動に時間を食ってしまった。
英語学校は1限目を諦め、まず日本大使館にその重い荷物を預けに行くことにした。

2限目から授業に参加。TVのShit.comがのビデオがテキスト。ホテルのすったもんだの人気コメディ。主役はモンティ・パイソンの主要メンバーである。英語があまり分かっていないスペイン人のボーイと主人のやり取りが笑える。ただし話はお笑いでも、英語の聞き取りはかなり手強い。
最終的には、このドラマの内容から宿題も出る。おぼろげには答えは分かったが、正確な答えとなると・・・。例えば£15と£50の聞き分けが出来ないのである。

大使館に戻る。時間がかなりあるので、留学雑誌Wishの原稿を下書きする。今回の留学の際にホームステイ先や英語学校でお世話になった留学斡旋会社の発行雑誌である。ちゃんと自分の体験談の原稿も売り込んでいたのである。
3時半にジャミルが予定時刻ピッタリに到着。本日の公演の準備に入る。
着物に着替えてレセプションルームで予行演習。芝居で言うと舞台稽古。出囃子の寄席囃子を出すタイミングなども確認。
更に「JAIL TALK」の衣装に着替えて、自分なりに通し稽古。

6時55分、予定より10分遅れてスタート。こういう会場での公演は会社終わりで来る人が多いので開演時間に遅れるお客さんが日常茶飯事である。
お客様は50人くらい。大使館の方たちは頑張ったと思う。
日本人も多いせいか前説から受けが良い。時々お客様から声がかかったりするのでアドリブで答える。多少は英語でアドリブが言えるようにはなった。

いつものように進行する。
イギリス人の方に”そばの食べ方”と「厩火事」を演じてもらった。夫婦の会話の質問形式の場面で、いちいち私に聞いてくるように喋っているのが面白かった。”何で私に聞くんですか?”と突っ込んだら、”あなたは私の先生だ”と返された。


Jembsoba
これが蕎麦の食べ方教えるの図。後の金屏風がなかなか良いでしょ。それと今回から座布団が立派になっています。英国国際教育研究所の落語クラブからの借り物です




JembAud"
観に来てくれたお客様たち。レセプションルームは広いので前に詰めて座ってもらいました



「JAIL TALK」も落ち着いて演じられた。今日演じたのは1場だけだけど。

終わって、会場内で小パーティー。
「恐るべき子供たち」を描いた漫画家の久保キリコさんもいた。ご主人がイギリスの方だった。意外な方が大勢ロンドンに住んでいるものである。「庶民的な落語は、文化交流にとっても向いてますね」と言葉を頂いた。

英国国際教育研究所の図師さんと日経新聞の方とジャミルの4人で日本食屋さんで会食。なかなか高級なお店だ。
ウニやイカのお刺身が美味しかった。こういう食材はあんまり見かけない。久しぶりなので特に美味い。ご馳走になっているのでなお美味い。
ここは、ほとんど何でも日本料理が揃っていた

図師さんとピカデリーの山田さんの店で2次会
久しぶりに撃沈



3月26日(金)
英語学校最終日。今日はホテルのマネージャーと部屋の文句を言う客という設定で会話の練習があった。英会話学校ではこういう練習が多い。
休み時間に学校の近所のビデオ屋でコメディの廉価版ビデオの掘り出し物を探索。最近の人気TVシリーズのビデオからキートンやロイドの無声映画時代のDVD、そしてスパイク・ジョーンズのCDなどが£3くらいでぞろぞろとある。喜劇好きなら垂涎ものばかりである。ごそごそ買ってしまう。

クラス仲間に「JAIL TALK」の専門用語&日本の固有名詞の解説集のプリントを配る。一昨日から用意してあった。果たして何人来るかは分からないが、営業努力は欠かせない。

今日はCamdenの”BENTO”でランチのお弁当を注文してみる。頼んだのは”チキン、スパイシーソース弁当”。コロッケやらサラダ、お新香などもついて£5。お手頃値段であろう。味噌汁が付いていないのが残念。
隣でイギリス人3人が弁当や寿司を食べながら、日本について何やら薀蓄を語っていた。それぞれ箸の持ち方や、ちょっとした食べ方が間違っている。特に寿司を食べていた男が醤油皿にわさびを丸ごと全部溶かして、すっかり溶けるまで数分間丁寧にかき回していた。
”日本の薀蓄を語る前に、その食べ方は間違っているよ”と言いたくて仕方がなかった。
だがこれも異文化交流の結果である。

帰宅後、すぐにWish原稿に取り掛かろうと思ったが、部屋の掃除やら洗濯やら雑事に追われあっという間に日が暮れる。
やばいと思ったが、急にまた腹が減ってきたので夕飯を食べる。
本日は我が家で頂くポークソテー定食。我ながら美味しく出来たが、フライパンに油を引き過ぎたのか、飛んだ油でキッチンが少々油まみれになる。

今度こそ原稿書き。字数は4000字。原稿用紙10枚分である。
下書きもあったので6枚目くらいまでは良い調子で筆が走った、というかパソコンキーを叩く手が軽やかだった。
(余談だが筆が走ったという表現がなくなるのは勿体ないな)
今回は”日本人”や”恥”についてがテーマなのだが、その核心辺りで手が止まってしまった。あれこれ迷っているうちに、そもそもこんな難しいテーマに取り組むんじゃなかったという後悔までし始めた。
やばい!偉そうなことを書くのはすっぱり諦め、自分なりの文体で俳優学校の体験談などを交えて書き進む。
下手が上手に見せようとすると碌な事はない。これは自分の演技体験でも身に沁みて分かる。
結局深夜までには10枚分が脱稿。締め切りには間に合った。
(これは雑誌発行の頃にリンクして公開するようにします)
ホッとした気分で湯船に浸かり、ビールで1杯。それだけで充分眼がとろけていた。



3月27日(土)
TV朝日のドラマ「相棒」のプロデューサーSUTOUさんがロンドンにやって来た。私が落語家犯人役でお世話になったドラマである。
初めて私が客人をロンドンに迎える立場になる。今日は芝居を2本観る予定だ。

Green Parkの駅で待ち合わせ。SUTOUさんはお友達の競馬解説者水元さんを連れて現れた。さてJubilee Lineで目的地へ向かおうとしたら、そのJubilee Lineが前面不通になっていた。ロンドンの地下鉄は止まることが多いと噂で知ってはいたが、完全不通は初めてである。予定を変えて別の地下鉄と国鉄を乗り継ぎ、Greenwichに到着。左の英語表記で”グリニッジ”と読む。天文台で有名な所である。駅につくとお隣駅のCutty Sarkのシンボルの船が見えた。ウィスキーのカティサークは船のことだったのだ。
実はこの辺の薀蓄は全てSUTOUさん達から、このとき耳にした。それに国鉄の駅では慣れない私より、彼らの方が行動も判断も迅速だった。聞けばロンドンは4回目くらいらしい。どっちが迎える立場だか分からなくなってしまった。

早めに着いたので劇場となりのパブでビールで一杯。日本の話で盛り上がる。

さて今日の芝居はまず「ベニスの商人」である。今回の旅ではシェイクスピア初観劇。私の舞台歴を見ると分かるが、唯一やったことのあるシェイクスピア芝居である。
私が演じたのは当然のように道化役のラーンスロット・ゴボーである。
この辺のことは前にも書いたね。
チラシの感じで予想していた通り現代劇の様相のシェイクスピア。アントーニオやらバッサーニオらの登場人物は全員スーツを着ている。会社の同僚といった佇まいだ。舞台装置は象徴的で実に簡素
ただし装置や衣装が現代的でも演出の内容は普通のものだったように思う。”You”を示す古語の”Thy”は”You”だったり、突然ダイアナ王妃の名前が出てきたりはしたが、特別新しい解釈はなかった。むしろシャイロックの描き方は昔を踏襲しているように思った。とにかく出演者全員でユダヤ人のシャイロックを苛めている。こんな人種差別でいいのかと思うほどだった。私が日本でやった方がよほど斬新だった。最後にはシャイロックが可愛そうで仕方なかった。
雑感としては日本の新劇のシェイクスピア劇だった。出演者ほぼ全員が楽器を弾くのが見所ではあった。


GreenwS
劇場入り口でSUTOUさんと記念写真



夜、テニスで有名なWimbledonに移動して、我らが楠原さん出演の芝居を見る。
この演目が凄い。柳美里の初戯曲「魚の祭り」である。こんな芝居をロンドンで観られるとは。私は劇団MODEがやった日本の初演を観ている。仲間の有薗や三田村さん、梅沢さんが出ていた。
今回の上演はロンドンのアジア人演劇集団”Yellow Earth”の主催である。台詞は英語だが、出演者は日本人を含む全員アジア人だ。そういうことだけでも画期的なことらしい。本日はその芝居の千秋楽である。
さて演者であるが、残念ながら上手とは言い難かった。台詞や演技の解釈も本来のものとは少しずれているようだった。おまけに本番前日に出演者の一人が病欠してしまい、代役の女優は台本を持ちながら芝居をしていた。不思議なことに彼女の芝居が一番自然だったけど。でも幾つ物の欠点を補って余りある何かがこの芝居にはあった。それはアジア人独特の死生観だったり、家族の絆だったり、そして静かな”間”だったりした。日本人の私にはそれが心地良かった。
お待ちかねの楠原さんは芝居中ほどからバラバラになった家族のお父さん役で登場した。普段とは落ち着いた演技をするのかと思ったら、とんでもない。やってくれるよ、この方は。大声で童謡”お手手つないで”を歌うかと思えば、回想シーンの海岸の西瓜割りの場面では口に含んだ西瓜の種を思い切り撒き散らして”I'm the number one”と雄叫びを上げたりしていた。自分の役回りを芝居をはじけさせる存在と決めているのだ。確かに面白かった。普段の姿とあんまり変わんないけど。
こういう自分の地を利用する役作りは日本とイギリスでは大きく違うと思う。自分の「接見」の英語版アレンジで私も経験済みだ。楠原さんは日本風の芝居つくりを貫いているのだ。馬鹿馬鹿しいようだが簡単に出来ることではない。この人の歴史がそうさせるのである。

同行のSUTOUさんも今日観た2本の芝居が、West Endのいつでも観られる芝居ではないことを喜んでいた。彼らは事前の私の情報で「魚の祭り」の日本戯曲を読んできたというから勉強家である。エライ!

終演後、この国では芝居の打ち上げという風習がないらしいので、私たちと一緒に楠原さんがパブまで来てくれた。楠原さんの昔の芝居仲間で現在は関西でアマチュア劇団をやっている女性と付き添いのカメラマンの女性も一緒だった。関西の女性はこの芝居を観るためにロンドンまで来たという。あんたもエライ!

私とSUTOUさんらはPicadillyの山田さんの店まで2次会で流れる。

これは後日談だが、ロンドンの演劇評論家の話である。魚の祭り」の終幕近くで、死んだ弟のために残された家族全員がそれぞれの思いを込めて献花をする場面がある。棺桶に見立てた水槽に一人ずつカーネーションの花を浮かべていく。静かだが実感のこもった美しい場面であった。私はそこが一番好きだった。ところがその評論家はその静かな”間”が難点だと言うのである。無音はただの”Space”になってしまうらしい。何おかいわんやである。馬鹿じゃなかろうか。喋り捲るのが基本の国だとこんな感想になってしまう。喋っていない俳優こそ一番喋っているのである。分かるかこのアイロニーが、ロンドン演劇評論家よ!である。
私のよく使う芝居論だが、演技で一番重要なのは台詞を言うことではない、相手役の台詞を聞くことだ。聞いて感じるからこそ、自分の台詞が出てくるのである。
古い演技指導の言葉で”芝居とは言葉のキャッチボールである”というのをよく耳にしたが、私に言わせれば”芝居とは心のキャッチボールである”。台詞だけに捕らわれているようでは先がない。

柄本明さんによく言われた。”台詞なんてただ言えばいいのよ。それで伝わるのよ。下手な役者が感情なんか込めるから訳分からなくなるんだよ”。極論だが名言だ。
ちょっと演劇論を語ってみました。


3月28日(日)
今日から夏時間に変わった。今までは日本との時差が9時間だったが1時間減って8時間になる。つまり日本が午後12時の時にはイギリスは同じ日の朝4時である。
お陰で夜8時くらいでも空は薄明るい。本当の夏になると9時過ぎでも明るいらしい。だからウィンブルドンのテニス大会は夜でも照明なしでも競技が出来るのだそうだ。どうやらそういう夏の時間の楽しみ方が出来るようにするのが、このサマータイムの目的であるらしいことを後で知った。

今日は日曜日だからCamdenの駅は午後は閉鎖である。さすがに学習していたので29番のバスに乗って市の中心部へ向かってみる。この辺の使い分けが出来るくらいには、ロンドンに慣れてきた。
ところが嫌なことにロンドンに来て初めてスリに出会ったようである。バスから降りようとしている人ごみに揉まれている時に、尻のポケットを触っている手を感じた。払いのけてやったので財布は無事だったが、ずっと後で気づいたら前ポケットの小銭入れが無くなっていた。私の勘違いでなければ落としたのではなくスリだと思う。やはり充分気をつけなくては。それにしても小銭入れでよかった。£5もなかったし

VictoriaのAppoloの劇場前で須藤さんたちと待ち合わせ。Battersea ParkのInternationalラジオ局にタクシーで向かう。
本日の私のお仕事は、何とラジオのDJである。須藤さんたちは生放送の様子を是非見学したいというのでご招待した。
先月出演したロンドンの日本人向け放送局の再出演なのだが、製作の方の要望で今回は私がメインパーソナリティを担当することになった。去年1年間FM新潟でラジオの喋りは自分なりに再学習してあったので二つ返事でOKした。
そこで楠原さんをゲストに向かえ、Jradioのスタジオジャックである。ロンドンに来て、こんな楽しい仕事が出来るとは思ってもいなかった。といってもノーギャラなんだけどね。その分楽しませてもらった。

放送の始まる直前に電話ゲストと電話が繋がらないとか、DJ用のヘッドホンの音の帰りが聞こえないとか、ブースの向こうと上手く会話できないとか、日本の民間放送だったら大変な騒ぎになることが起きていたが、そんなことお構いなしで競馬馬の如く喋り出す。一気に狂騒的なノリで喋りまくってやった。楠原さんが先頭馬の私の後を追っかけてくる。スタジオ内で見学の須藤さんらは大笑いだ。この笑い声がまた放送の良い効果になる。日本のラジオのノリの典型である。やり易い。


Jrasutou
スタジオ内で記念写真。左がMIZUMOTOさん。座っているのがこれが噂の楠原さん。右端がSUTOUさんである
楠原さんが何故指を曲げているのか真意が分からない


リクエスト局に私の往年のヒット曲、MCコミヤの「倦怠期です」と「遣唐使です」を2バージョンもぶちまけてやった。
しかしそれにしても楠原さんの声はでかい。普通にインタビューしているだけなのに大声で答えてくる。途中からこちらはギアを変えた。この辺は押し引きである。
ブースの向こうのスタッフからも笑顔がこぼれる。おそらくこの放送局始まって以来の軽快な放送が続いた。


JraKusu
楠原さんの大音量を、引っ張ったり、かわしたり、楽しいひと時でした



途中からは、ニュース原稿を真面目に読んだ。前半は快調だったが後半で失速。ニュース原稿のアナウンスを何度もかんでしまった。
特に最後に”以上のニュースの提供は時事通信社、担当は21世紀の遣唐使、文化庁文化交流使の小宮がお送りしました”と真面目な口調で読んで、最後に”放送中ニュースの原稿をかんでしまって大変失礼しました”とコメントしてシャレっぽく決めようと思ったら最初の”ニュース”をいきなり”ニューシュ”と読んでしまい台無しになった。

とにかく怒涛の1時間生放送が終わる。
実を言うとこれがこの放送局の最終回だったらしい。スポンサーが見つからずに番組だけでなく放送自体が電波から消えてしまうのだそうだ。ということはそれまでパーソナリティーを勤めていた人たちの締めを奪ってしまったことになる。多少心苦しかったが、製作の方の勧めだったので了解してやらせてもらった。それだけに余計に笑える楽しい放送にしたかったのだ。その意味では恐らく大成功だったと確信している。

終わって楠原さんと須藤さん、水元さんの4人だけで近所のパブで打ち上げ。
店は地元のサッカーチームの試合で盛り上がっていた。いつまでたっても外が暗くならないので思わず飲み過ぎてしまった。

今日は明日用の「JAIL TALK」の稽古をしないといけない。
ほろ酔いで帰宅したので練習が深夜になってしまった



3月29日(月)眠いが、起きる
午前11時半からDEE CANNONとの「JAIL TALK」の稽古。
今日はRADAの校舎内の稽古場でリハーサルである。
そして本日の稽古模様をフジTVの取材班が撮影に来てくれた。スチールカメラも同行している。記録としては申し分ない。

今日は、止め止めの稽古の稽古になった。私は通し稽古を望んだのだが、DEEがそれだとチェックポイントを覚え切れないと言うので承知した。
こうなると彼女はよく止める。止めないまでも通訳のジャミルと小声で確認し合っている。TVカメラとスチールカメラも自由に動き回って撮っている。この状況ではなかなか集中できなかった。何とか踏ん張って練習を続ける。今日も発音の注意から、”間”の問題までチェックは多い。特に無音の”間”では見解の相違が生まれた。
先日の日記にも書いたが無音はただのSPACEになってしまうらしい。終幕近くでたっぷり取っていた間を10秒以内に縮めろと言う。それじゃ「接見」の弁護士・檜常太郎の気持ちも被疑者・塩川秀夫の悲劇も表現し切れない。静かな”間”の時にこそ心も芝居も動いているのである。それこそが日本人の心である。原作者の水谷龍二さんにも申し訳ない。妥協はして短くすることだけ承知して、時間的な問題は言葉を濁しておいた。

かなり問題が多かったのでTV撮影的には良い絵が撮れた様ではあった。

稽古終わりで、GBSシアター視察。事前にメールで連絡を取っていたRADAの学生らしいFelexに同行した。彼は照明の勉強をしているらしい。2ヶ月ぶりに訪れたスタジオ劇場は、やはり素晴らしい空間だった。
日本で言うと平台を繋げたような、ほんの少し高さのある小スペースが欲しいこと、早変えのために舞台そばに小さな着替え場所が欲しいことなどをFelexに伝える。無理な注文ではないはずなのだが。

一旦帰宅

夜、フジTVに集合
Oxford Circusの日本料理屋さん「馳走」で集団会食。メンバーはフジTVの守屋さん、寺島しのぶ似の神田さん、京都の劇団MONO主宰のおなじみ土田くん、そして同時代を別の京都の劇団で過ごした東映TVのSUTOUさん、競馬解説者で自身ギャンブラーのMIZUMOTOさん、そして昨日もお世話になりました楠原さん。そして私の7人である。業界色の濃い顔ぶれである。
私が思うに、現在のロンドンでこれだけ日本語で笑える会話を出来るメンバーは他にいない。最強の”べしゃり軍団”である。予想通り滅茶苦茶面白かった。ロンドンでは他人に突っ込まれることなど皆無に等しいらしい楠原さんは、意識せずしてやってしまうボケを私や土田くんからバシバシ突っ込まれていた。

しかし最終的に一番話が盛り上がったのは競馬の話題である。とてもギャンブラーには見えない、のほほんとした風貌のMIZUMOTOさんの競馬話にみんな真剣に耳を傾ける。土田くんは彼の存在にも興味を示した。類型ではないギャンブラーが眼の前にいたからである。作家としては自然である。
結果的に皆で少しばかりMIZUMOTOさんに夢を託すことにした。お楽しみは4月である。

ホテルのラウンジでコメディの話で花が咲く。SUTOUさんが北海道の高校時代からのコメディ好きであることを知った。当然ハロルド・ロイドやマルクス・ブラザーズにも話が及ぶ。ウッディ・アレンのことも相当話してたなあ・・・


3月30日
遅く起きた朝。

Vivtoriaまで鍵を直しに行く。コピーを作ってもらった鍵ではアパートの玄関が開かないのだ。注文をし直してもお金を取らないのは良心的なのだが、そもそももっと丁寧に作ってもらいたい。イギリス流の欠点だ。

先日発見しておいた店でコメディの格安DVDを買う。今日はロイドをまとめ買い。ロイドばかり買うので店員が不思議がっていた。私が日本の喜劇俳優であることを伝えたら最後に残っていた1枚をさらに安くおまけしてくれた。

日本人旅行者や滞在者の溜まり場”JAPAN CENTRE”に4月2日のRADAのチラシを貼りに行く。私がコント赤信号の小宮であることはすぐに知られたので、演劇学校の話を色々と聞かれる。知っている情報はなるべく伝えてつもりであるが、少し口調が偉そうになっていたかもしれない。土田くんが言う”嫌なイギリス先輩日本人”になってしまいそうだ。気をつけよう。みんな最初はロンドン初心者なのである。

その足で”ありがとう”とライスワイン”にも寄る。店員に口答で宣伝。

「JAIL TALK」の観客動員が芳しくないので、家に帰ってからも再度メールを発送。出来る限り電話攻勢もかける。RADAの製作担当者からは、急に打ち合わせの内容のメールがあったり、そんなこんなで時間を食ってしまう。
どうも昨日Felexに話した私の申し出が実現できそうにもないらしい。”本番直前になって、そんなの聞いてないよ”という内容のスタッフ責任者からのメールもあった。出来ないことはさっと諦める覚悟で割り切った。

寝る前に「JAIL TALK」の台詞の稽古。
ちなみに現在は落語の方も新ネタの「後生鰻」も練習中だ。



3月31日(水)
RADAにてスタッフと打ち合わせ。
元々製作担当の女性からの呼び出しだったので、観客動員などの確認だけかと思っていたら、一昨日のFelexを始め、音響のAndyともう一人のスタッフも来た。
どうもお互いの意思が伝わりにくかったが、彼らも急遽のことに努力してくれているようではある。
彼らの助言を参考にして明日・明後日の予定を変更する。
明日の昼間はDEE CANNONとの稽古に絞り、6時からテクニカルリハーサル、そして最終ランスルー(日本で言う舞台稽古”ゲネプロ”)をすることにする。
明後日の本番当日の午前中からは段取りの確認だけをすることにした。
当初私は本番当日の朝からも舞台稽古をやろうとしていたが、彼らは1日に3回も芝居をすることになるのが信じられないようだった。2回にしたほうが良いという彼らの意見も充分分かったのでそれを採択した。その分明日がハードである。

今日は自宅から着物や衣装を運んだ。意外に一度に運ぶと重たいのである。これまでの経験でそれは明らかだった。まして今回は説明用の紙資料なども多いので尚更である。
夕方はCamdenを少しぶらぶらした。嫁さんが来たら、どこで食事しようかなどと店を探す。
途中で小腹が空いて飛び込みの店で久しぶりに”Fish&Chips”を食べる。
ところがこれが後で苦しい思いをさせることになるとは、その時には思ってもみなかった。

夜、溜まっている日記をかなり片付ける。
明日から数日は、そのことには時間を割けられないと思う。「JAIL TALK」本番があり、それを観に嫁さんが来英してくる。読売新聞の原稿を本番直後の気分で一気に書き上げなければ締め切りに間に合わない。今回はどうしても「接見」のことが中心の内容にしたい。





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