3月1日(月)昨晩は雪が降ったみたい。でも今日は寒いけど快晴
正午、アレクサンダーテクニック。何故だか分からないが”Much better”と言われる。いつも35%くらいしか分からない英語をぼわーんと聞いて、動かされるままに動いているだけなんだけど何か進歩したのだろうか?
今日は”猿”のように座り、猿のように立つ練習もした。
背中や背筋に気をつけ、背筋を曲げないようにすることくらいは理解できた。

オイスターーカードで定期の延長をした。”I'd like to extend this another 1 month.”で駅員にほぼ通じた。更新手続きにドキドキしていたので一安心。
トラベラーズチェックで家賃を下ろす。こちらでは家賃はキャッシュが多いらしい。銀行振り込みにするにはイギリスに口座を開かなければならないようだし。
Camdenのインド料理家に入る。気づいたら、またカレーを頼んでいた。これで何食カレー続きだろうか。好きだからいいや。ここのカレーも悪くなかった。

夜、イギリスの名門校 Eton Collegeで落語のワークショップをやる。
行きがけの夕方の満員電車は嫌だった。分けの分からぬ間に国鉄の急行に飛び乗ってしまう羽目になり、止まる駅もはっきりとは知らずに不安だし、ギュウギュウだし、平気で携帯に出る奴はいるし、そもそもラッシュが嫌いだし、悪い出だしになってしまった。
イギリスに来て初めて、日本と同じようなサラリーマンで超満員の国鉄に乗った。この国でも皆さん郊外に住んでるんですねえ。

さてSloughという駅でどうやら降りて、指示通り駅からタクシーに乗り担当のIさんと待ち合わせ。Iさんは当校の日本文化の女性教師で、もちろん日本人。Iさんの案内でしばし校舎を見学。全寮制の、如何にもエリートの集まる学校の雰囲気。「ハリーポッター」を思えば想像に遠くない。学食も何だかも素敵に見えたが、何といっても驚いたのは、校内にプロが使うのかと見まがうような立派な劇場があったことだ。ちょうど次の演目の準備をしているらしく、セットを立てて明かりを合わせたりしている。そのセットがもうプロ使用の代物だった。やはり劇場付きの大道具の係りの人がいるらしいが、それがそもそも凄いことだ。そして毎週この劇場は稼動しているというから素晴らしい。日本みたいに施設が宝の持ち腐れになるなんてことはないらしい。ハードがあって、それを使うソフトがあるんだから言うことなし。これが中学と高校の設備だから恐れ入りましたである。


EtonThea
露出不足でピンボケ写真であはあるが、これが劇場セット。出来栄えは分かってもらえるだろうか?やはり舞台には劇場付きのスタッフがいるらしい。それもすごいことだ。演劇王国イギリスである



さていよいよ落語のワークショップが始まった。参加者は30人くらい。しかしその内20人は日本から留学に来ている”ぎょうせい学園”の生徒による見学だった。日本人がわざわざイギリスの学校で落語のワークショップを見てどうするんだろう。しかも終わってから聞いた女学生の第一声は”初めて落語を見ました”だった。日本から来て、落語家ではない私の英語落語を聞くのが落語初体験でよかったのだろうか?
反対の意味で驚いたのは、落語の説明をしている時に春風亭昇太くんの話を出したら、”私は昇太さんのファンです”というイギリス人の若い女の子がいたことだった。まさかこんな遠い所で嘘だろうと思ったら、彼女は日本に暫く留学していたらしい。彼女の友人が落語好きで昇太くんの落語会を見に行ってファンになったのだそうだ。うーん凄い、昇太くんイギリスでももててますよ。
それにしても日本人が落語初体験で、イギリス人が昇太ファンとは。世の中は矛盾に満ちている。
今日は約1時間とワークショップの時間が短かったが、テルフォードの経験から「厩火事」の夫婦の会話は演じてもらうことにした。浴衣に羽織を着せた優等生の落語は、やはりここでも結構面白かった。恐ろしく早口で、終始怒ったような口調で話す姿にちょっと照れが見えて高校生らしくて微笑ましかった。
本日もワークショップは成功だったようである。主だった生徒とメールアドレス交換もしたので、また連絡しよう。この辺は私はまめなんである。

行きの悪い予感とは裏腹に、帰りは爽やかな疲れと共に深夜電車に揺られてロンドン市内を目指す。日本の夜汽車を思い出す小さな旅の終わりだった。


EtonRead
優等生に落語を教えるの図。いきなり覚えるのは無理なので、まずはリーディング落語である。ちなみに彼は来年名古屋で英語指導の勉強をするらしい。この写真を見ていたら自分の高校時代の落研のことも思い出してきた




Etonina
稲垣吾郎似の生徒。落語をやったお陰で、偶然来ていた日本の女子大生に彼はモテモテだった。




3月2日(火)今日も快晴。昼間は暖かい
相当眠いが午前9時起床
DEE CANNONの自宅で初めてのActingの授業。彼女の家は、ホームステイが懐かしいEaling Broadwayにある。駅で通訳係りのジャミルと待ち合わせ。改札を出ると見慣れた風景が並んでいた。

今日は「接見」の内容についての話しに終始した。
以下、言われたことを箇条書き

発作が大袈裟なので別人に、つまり二重人格に見える。発作をリアルにした方が良い。その方が観客が信じられる。
(これには私も「おかしな2人」でフィリップスが聴覚障害を直すのに奇声を発する場面もあるじゃないかと食い下がるが、”あれはリアルなのよ”と軽くいなされる。それと英国関係の人にはやはりこのことを指摘する方が多かった)

芝居の中で役として判断するのではなく、自分自身で考えていないか?
演技だということを自覚しているので自由に演じ過ぎていないか?他人の前で発作が起きたら、恥ずかしくてむしろ隠すのでは?
(初演の頃の初めの稽古ではそういう指摘もあった)

これが喜劇であるかどうかは観客の判断に任せよう
(後で分かるのだが、彼女はローワン・アトキンソンの芝居も好きではないらしい。私は「Mr.ビーン」はともかくとして、彼のライブやソロパフォーマンス的なドラマは好きである。あれこそ知性に裏打ちされた分かり易い芸だと思う)

人物の歴史を細かく構築して欲しい。うーん、これぞスタニスラフスキーシステムである。

2時間弱の間に色々と話してレッスンを終わる。なんか話だけで終わってお金が損した気もした。あ、ちなみに彼女にはレッスンごとに自給で相当額の授業料を払っている。その上にジャミルの通訳料も負担しなければならない。このためにイギリスくんだりまで来ているのだから、ここは奮発するしかないか?

昨日のEton Collegeの落語のワークショップ終わりが深夜になり、今朝も早起きしたので疲れが出てきた。一段楽した気分で気も抜けたのでジャミルとパブで昼間からビールを一杯やる。昼間のビールの味は格別だ。
こちらのビールの種類は山ほどあるので注文に気をつけよう。今日は見た目の目新しさでラガーじゃないのを注文したら、リンゴ味の甘酸っぱいビールだった。失敗。
ほろ酔い気分で電車に乗る。睡魔に負けてうとうとする。地下鉄で初めて気を許した。慣れてきたってことでもあるか。

家に帰って、4月にくる嫁さんの飛行機の確認。18日に高校でやる落語ワークショップの資料の確認などFAXのやり取り。こちらではパソコンのプリンターもないし、紙で残した方が地図のやり取りなどは実用的なのでFAXが有効である。

さすがに疲れて仮眠。

夜、部屋の洗濯機の細かい使い方を大家さんに聞気に行ったら、部屋まで来て丁寧に説明してくれた。さらにセントラルヒーティングの暖房の調整(ここは板の中に熱いお湯が循環するシステム)もしてくれた。頼めばほとんどのことをしてくれるのが、こちらの大家と店子の関係らしい。古典落語の世界のようだ。



3月3日(水)快晴。暖かい
朝、日本で餞別を頂いた方などに電話。お土産のことも気になるのだ。
Actors Centreの最終週の授業
今日はモノローグ(Monologue)のレッスン。全員にそれぞれ別のテキストが渡された。いきなり”誰かやる人”と先生のパトリシアが言った。私にはまだ何のことかよく理解できていなかった。そしたらトレイが”タカがやるよ”と笑いながら言った。もちろん半分冗談なのだろう、私が英語をすぐには理解できないことは彼も分かっているのだから。ただ何だか本当に私が先頭になる雰囲気になってしまった。
こうなると私も少し図々しくなっていて”OK”と適当に答えて、やっちまうことにした。ざっと理解したのは、私に手渡されたのはハロルド・ピンターの「管理人」という芝居の台詞だということ。ピンターは「料理昇降機(ダムウェイター)」しか知らない。ええーいままよだ!たどたどしく読み語り始めると単語はさほど難しくない。どうも”時計がないと時間が分からないんだよ”とぶつぶつ言っている奴の長台詞らしい。何とか最後まで読んだら、みんなから小さな拍手が起こった。ヤッター!何だか分からないけど。
パトリシアが今度は大勢のお客さんを意識するようにやってと言うので、教室の壁の向こうの見えないお客に向かって、さっきよりは理解が進んだ状態で少しは感情を変化させたりして語り始めた。時々みんなから笑いも起こる。ヨシッ!と思うが、正しい理由はよく分かっていない。思った感情で歩き回ったり、小声にしたり、身振りをつけたりして最後までやり切った。みんながニコニコと”Good”と言っている。嬉しい、正直嬉しいが、子供が大人に褒められているレベルである。でもとにかくトップバッターでこなしたのだから合格だろう。
それに何より私の英語のレベルに合う長台詞を見つけてきてくれたパトリシアには感謝しなければならない。みんなに聞いたら、イギリスではこういう長台詞をオーディションで読むことが多いらしい。それぞれ自分にあった作品を用意するのは重要なことだという。これは尚更パトリシア大先生様様である。

他のみんなも、それぞれ与えられた台詞にチャレンジしていく。
ヘレンが書かれた台詞の表現に苦労していた。というより迷っていた。上手くいっていないのは誰にも明らかだった。このままかなと思っていたら、パトリシアが同じような内容を”即興でやって御覧なさい”と多分言った。”improvise”だけは聞き取れたから。ほんの暫くヘレンが黙った。突然彼女の即興が始まった。凄い!見違えるように生き生きと悩む女を演じ、相手に語りかけている。私にはちょっと衝撃的な驚きだった。あのわずかな時間の助言と判断でここまで変われるものなのか。これまで見てきた彼女のどの瞬間よりも輝いていた。

ビッキーは「欲望という名の電車」のブランチの台詞を自分で選んで演じた。若い頃に結婚した相手がピストル自殺してしまう場面の語りだ。
正直言って私には感情芝居になり過ぎだと思えた。彼女は思いつめた芝居にのめり込むのが好きなタイプだ。それはやり易いんだよなと思ったが、終わると先生もみんなも褒めている。ここまででも分かってきたが基本的に稽古の場合は相手をけなさない国である。それは分かるのだが、私にはのめり込み型は理解し難い。意見の合わないところだろう。

もう1度私に順番が回ってきて、今度は「ヴェニスの商人」のラーンスロット・ゴボーの登場場面をやる。有名な金貸しシャイロックの召使の役である。実は日本で平幹二郎さんのシャイロックを相手に演じたことがある。その経緯があったから今この場にいるようなもんだ。椅子の下に隠れたりして登場に凝り、声を使い分けしたりしたらボロボロになった。策を弄して失敗。結局ピンターは無欲の勝利であった。



ActorsSt
これが演技基礎クラスの仲間たち。左から先生のパトリシア、ダンサーのヘレン、生真面目なジュリアン、歌手のビッキー、私と、そして身長2メートルを越すジョン。フィリピン出身のトレイはこの時はカメラ係り


ロイドの写真集をついに買い占めた。ただ今日は£20だった。余計なことを期待して書かなければよかった。マルクスブラザーズも探すが、エッセイのようなものが多くて写真集はなかった。欲しかったのに。でも記録が多く残っているだけでも凄いことだよなあ。

今日は早々に帰宅、文化庁に提出の活動報告書、メール、どうしても大作になってしまう日記の推敲、日記に入れる画像処理であっという間に時間が過ぎ深夜に及ぶ。

12時過ぎに「The Marchant of Venice」のゴボーの台詞と「接見」1場の芝居の確認。
それからDEE CANNONの指示である「接見」の主人公、弁護士檜常太郎の歴史を作り始める。つまり演じる役の歴史背景を自分なりに構築して、リアルな人物像を想像するのである。これは私も時々やることがある。でも、それは役に悩んだ時に限っていて、すんなり役に入れたときは自分の直感を信じることにしていた。
でも今回彼女の言うスタニスラフスキーシステムでは、ここを考え始めることから始めることになった。つまりは日本では成立する”当て書き”が、そのままは使えないということだ。


3月4日(木)
Actors Centre。みんな昨日とは別なモノローグをやっている。
私の勘違いだった。こういう場合に昨日の帰り際の先生の言葉が聞き取れなかったことが悔しい。

新しい物を選んでいないので困ったのだが、「ガラスの動物園」のトムの最後の台詞に急遽チャレンジすることにした。
大学時代の授業で唯一習った戯曲がこれだった。芝居も何度か見ているし、何とかなるのではと思った。
トムが自分の思い出とさよならする場面だ。教室にピアノがあったので、”これを使ってやれ”とアイディアを捻った。語りだす前にポロンポロンと寂しげな音を出したら効果的だろう。おもむろにピアノに近づき、鍵盤を静かに弾く。予想外にコミカルな音が出てしまう。あちゃー!やはり姑息な手段は上手くいかない。
気を取り直して、ピアノに手をかけながら思い入れたっぷりに話し出した。
以前に、この日記に書いた母のラーメンの味の思い出で触れたフレーズが出だしである。ゆっくりと静かに話す。途中で観客に語りかけるように歩き出す。まあ、私が知る限り「ガラスの動物園」のエンディングはこんな感じだった。

大体1ページの長台詞。読み終えるとパトリシアが”Very good”と言っている。他の生徒も”ちょっとやるわね”みたいな顔をしている。
どちらかというと類型的にやっただけなので、あまり感激はしなかった。
パトリシアが”この芝居を知っているのか?”と聞いてきた。さらにガックリ来た。知らないのに突然やろうと言い出すわけがない。
結局英会話の力量がないだけで、その他の知的レベルも低めに類推されてしまうのだ。母国語以外の国にいるということは、そういうことなのだ。
でも、とりあえずはめでたしめでたしであった。

午前中に家で一所懸命に練習していたゴボーの台詞は無駄になったけどね。
おまけにビッキーが早退してしまったので「欲望」の台詞を覚えたのも無駄な努力になった。これは結果を期待してたんだけどなあ。
何でも予定通りには行かないもんである。

Treyがハムレットの台詞”弱きもの、汝の名前は女なり”をやった。
最初は何をやっているのかさっぱり分からなかったが、その例のフレーズが聞き取れたので解読できた。
最初は叫ぶような悲痛なやり方だった。先生や他のみんなから意見が出て、2回目は芝居を抑えたトーンでやった。確かにナチュラルな表現方法に変わっていた。
でも本人は1回目の高揚したやり方に未練があるようだった。結局役者は自分に酔いたいのである。それはイギリスでも変わらなかったのだ。

後は私以外の残った4人でシーンの練習。
「おかしな2人」をやった女性組も、映画の1シーンから地下鉄内の刑事の会話を演じた男性組もみんな台詞をよく覚えていた。自宅学習で台詞を覚えてくるのは難しいもんである。私も立ち稽古をした後なら、自慢じゃないがスラスラと頭に入る。でも自分だけではそうはいかない。
演技としては、冷静さを失っていない男性組に私は軍配を上げる。

言葉の壁はあっても、表現の良し悪しは判断できるものである。
演技に余裕があるかどうかは一目で分かる。上手にやろうとすればするほど余裕がなくなる。緊張しているのも伝わってくる。今回のクラスの女優陣を見ていて時々それが分かる時があった。
自分も反省すべき点である。

今日がこのクラスの最後の授業だった。日本人の私は、もちろん記念写真を撮って別れた。みんなのメルアドも聞き出した。この辺はマメである。
今日の休憩時間に先生のパトリシアが”このクラスは良いわ”と言っていたのが印象的だった。

授業が終わって、Leicester Squareで英国ニューズダイジェストの取材。今回のイギリス滞在の目的やこれまでの感想などを話す。思った以上についつい喋ってしまうが、本当にあんなにたくさん記事になるのだろうか。

Qweens Wayで守谷さん、土田くんと食事。パキスタン料理のお店で各種カレーを食べる。とても大きな店で観光客にも人気があるようだ。
日本人団体客が騒いでいた。写真もよく撮っていた。少し恥ずかしくなるが、自分も大して変わらない行動をしていることが多いのに気づく。
その後3人でデパートの中のパブで飲む。どこにでもパブはある。ただし焼酎と美味しいつまみはなかなかない。
土田くんの淡い恋の話が面白くて仕方ない。事件の巻き込まれ方といい、この人は絶対いつでも面白いことに首を突っ込みたがるのだ。つまり好奇心が旺盛なのである。本人はそんなことないようなことを言っているが、私はそう確信する。


3月5日(金)
DEE CANNONのActingの2回目。今日はいよいよ「接見」発作の場面の改造である。
5回の発作を全部手直しした。以下箇条書き。この芝居を知らない人は分かりにくいかもしれません。ごめんなさい

最初の顔面神経痛。おでこを叩いたりする私の得意な動作を封じられる。頬の筋肉だけの痙攣に抑える。顔をあまり擦らない。

2番目の足を蹴り上げ始める、題して”舞踏病(本当にあるんですよ)”は、足の筋肉がつった症状になる。つまり部屋を動き回ったり壁にへばり付いたりしない。動きを抑えた分、つった足を伸ばすリアルで愉快な表現を少し付け加えたつもり。

3番目の痒さのあまりに服を脱ぎ始め、奥さんの下着を着ているのが露呈する件。DEEはただコミカルに下着を見せたいだけなら服を脱ぐのすら止めたらどうかと言うので、それが仕事一途のこの男の生活感なのだと抵抗して譲らなかった。これを守らなかったら作歌の水谷さんに申し訳が立たないでも。痒さの表現は抑えることにした。

4番目の首が動かなくなる発作は基本的にOKが出る。ただし仁丹は全く理解できないのでイギリス流の口中清涼剤にすることになる。

5番目の三半規管がおかしくなるメニエル氏病もどきの発作は、リアルに崩れ落ちる動作に切り替えた。でもこれはまだ自分でも腑に落ちないので、何か対応策を改めて考えよう。


DeeJami
私の稽古を見守っている二人。左が演技レッスンのDEE CANNON。彼女はスタニスラフスキーシステムの先生である。右が通訳を手伝ってもらっているジャミル。彼は九州島原に留学経験がある。でも日本語は九州弁にはならなかった。よかったね!



夕方、Leicester Squareで読売新聞英国版の取材。昨日と全く同じ”スターバックス”待ち合わせ場所にして、同じホテルの喫茶ロビーで取材。
内容も似たことが多い。これは仕方ない。取材側は初歩から質問し始めるものだ。特に今回は文化交流使の話題に集中するので、あちらも下調べの仕様がないと思う。でも何度も同じことを話している自分に少し嫌気が差す。でも記者の女性はとても興味深そうに聞いてくれた
同行していた販売営業マンの勧めで読売新聞1ヶ月定期購読も約束してしまった。

Camden Townの隣の駅 Mornington Crescentで芝居を見る。「Prisoners in Paradise」というタイトル。奇妙な葉書チラシのデザインと”A COMIC MUSICAL MYSTERY”という謳い文句。それに£8という値段に引かれた。
劇場はTeatro Technisという所。飾り気のない物静かな暗い町に突然その劇場はあった。東京で言えばベニサンピットを小さくした佇まいと中身で、ガランとした感じもよく似ている。ちょっと期待したが、これは失敗だった。
チープな寺山修司・・・のような、シュールなような分かりきったような、さらには客に媚びた低レベルの笑いもある。役者の演技も踊りも歌もお世辞にも上手とは言えない。相当ひどいのだが客席は意外に沸いている。くだらないコスプレで大受けしている女性たちもいる。友達なのかな?終わるとヒューヒュー喝采も起こった。この状況に馬鹿馬鹿しくて可笑しくなってきた。
実際芝居を見ている間も呆れはしたが、腹は立たなかった。”こんなのもあるんだ”と開き直って楽しめた。芸術はピンからキリまで見ないと判断できない。£8だしね。

ところで、この国の人は暗算とか素早いお金の計算は苦手なのだろうか。以前にもあったが、今日も芝居の受付の女の子が簡単なお釣りを間違えた。£20払ったら、£8の芝居なのに£17もお釣りをくれた。思わず正直に”Very Cheap”と言うと、彼女は間違いに気づいたらしく£5引っ込めた。そのまま、もらっておけばよかったかな。

劇場に行く途中で食べた中華のテイクアウトのチャーハンが美味かった。見た目大した店ではなかったので期待していなかったから余計に美味しく感じた。
ただ店の中の光景が少し不思議だった。中華鍋をこする音が小気味良く響いている。これは中国なのだが、作ってるのはスペイン人みたいだ。でも喋ってる言葉は癖のある英語だし、注文して食べてるのは日本人の私だ。中華であって中国人は誰もいない。後から黒人がぞろぞろと注文に来た。これがイギリスなのだ。何もかも、受け入れてしまう国なのだ。


3月6日(土)
土田くんに薦められたALMEIDA THEATREでやっているEdward Albee’s「THE GOAT,or WHO IS SYLVIA?」を見に行く。
日本語的に言うとアルメイダ劇場でやっている、オールビー作の「山羊、またはシルビアって誰?」である。
アルメイダ劇場は革新的な作品を上演するので有名なフリンジの雄。エドワード・オールビーは日本では「動物園物語」が有名な、アメリカの劇作家である。乱暴な括り方をしてしまえば不条理演劇の部類に属する作家。私が先日Actors Centreで読んだモノローグのハロルド・ピンター(英国)なんかも同時期の作家である。
私は2人とも結構ブラックに笑えたりして好きである。

昨日劇場に電話予約したら、予約は売り切れで当日券しかないと言われた。今日は席があるかどうか一か八かでAngelの駅から10分も歩いてやって来た。受付で聞くと最後の1席が残っていた。どうやらキャンセルが出たようだ。ラッキー!
朝から出発していたので、早く着いてしまった。ロビーで「接見」の台詞をぶつぶつ繰っていたら、目の前のカフェに見た顔の人がいる。ジョナサン・プライスだ!あの名作「未来世紀ブラジル」のJonathan Pryceだ!今日の舞台の主役のその人だ!
すかさず私は彼に近寄り”Can I Take your picture?”と写真撮影をお願いしてしまった。もうすっかりミーハーである。彼はニッコリと"Sure"と答えてくれた。
自分が日本の俳優で現在演技の勉強をしにロンドンに来ていることなどを説明しながら、シャッターを切る。"Do you enjoy?"と聞かれたので"Yes."とハキハキ答えた。
本番まで後1時間もないのにロビーに主役が来てコーヒーの注文をしている。不思議な感じだ。でもその不思議のお陰で大物に接近遭遇出来たのだから有り難い。


Jonatan
ご覧ください、これが知る人ぞ知るジョナサンプライス本人です。後ろにいるのはただの叔母さんです。今から思えばカフェの人に頼んで私とのツーショットを撮ってもらえばよかった。しかし恥ずかしくて言えなかった



お芝居の方は、果たして一風変わった内容。山羊に本気で恋をしてしまった男と、その家族の崩壊の物語。出演者は男と奥さんと息子、それに彼の友人のTV局の人の4人だけ。ま、最後に山羊も出るから4人と一匹だけ。
かなりショッキングな話しを生真面目に演じている。ジョナサン・プライスの熱演。周りも迫力の演技だ。ロンドンに来て2回目のナチュラルな演技の舞台だった。ここでは正面芝居は全くない、むしろ背中を見せても平気な程だった。
こういう芝居でもお客さんは大いに笑っている。さらに驚くのは日本だったら客を呼びにくい題材の芝居を2ヶ月以上も上演し、満員の入りなのだから素晴らしい。観客層の厚さである。そんな芝居に、映画でも活躍している有名俳優が何ヶ月も没頭するのだから、これまた大拍手である。ロンドン演劇の懐の深さをまざまざと感じる。


ALMEIDA
これがフリンジの雄ALMEIDA劇場の表の顔。実験的な芝居に積極的らしい



一旦帰宅。「接見」の練習。

夜、楠原さん宅へ。今日は美味しい物を作ったので”食べに来ませんか?”と誘われた。そう言われて断る訳がない。
先客の女性も一人いて、すでに盛り上がっていた。楠原宅の今日の食事のテーマは焼肉だった!韓国人街で楠原さん自身が食材を仕入れてきたらしい。とにかく美味い!鶏肉と牛肉の焼肉。ネギと大根のキムチ。明太子まである。
そしてお酒はあの”眞露”。アルコール度数が20%くらいなので、ストレートでいける。これは効いた。今日ジョナサン・プライスの写真を撮ってきたことなどを自慢げに話しているうちに、あっという間に酔った。気づいたら一人でコタツで寝ていた。
こそこそと2階のお泊り部屋に行ってベッドに潜り込む。

しかしまあ、我が家のように好きにさせてもらって、もう感謝の言葉もないくらいである。東京に帰ったら楠原宅に足を向けては寝られない。


3月7日(日)
1ヶ月ぶりの外泊。家にいる時よりもゆっくり寝てしまった。
お昼近くに遅い朝食。楠原さんが100回もこねた納豆と具だくさんの手作り味噌汁。

朝帰りというか、昼帰りの途中で寄り道。Camden Townで散策。
実は前から欲しかったので、日本でもおなじみのGAPで下着のパンツを買う。少々お高いかな?品質や履き心地がどうなのかも知りたいところだ。
初めて、切手も買った。くだらないことを書くなと思うかもしれないが、どこで売ってるかも知らなかったし、イギリスから郵便を出そうとするのは初めてなのである。郵便局じゃなくても、煙草を売っているような雑貨屋だったら切手があることを知る。こんな何でもないことに困るもんなのよ。生活するってことは。
逆に普段日本で何気なく使っている物の有り難さが分かるのも、海外生活の特徴の一つである。

歩き回って調べたら、CAMDENのマーケットは思ったより相当広いことも発見した。これまで行ったことのある店並みの先に、まだアンティークショップやら家具屋やら値段の張る物を売っている店もいっぱいあった。奥のマーケットは昔は馬屋(Stable)だったらしい。馬の病院やら厩舎やらのレンガ造りの長い建物をそのまま利用してショップにしている。なかなか時代ががっていて雰囲気がとても良かった。

ぶらぶらと歩きながらこの街の写真撮影大会をする。そこかしこにある衣料品店の中でも皮革専門店が多い。意外にも街中を運河が通っていて、遊覧船のようなものでかなり遠くまでも行けるそうだ。単なるロンドン土産から、アジア系の装飾品、変な物では”小鳥の鳴き声笛”とか、合法的なんだろうがマジックマッシュルームまで売っている。
そんなあれこれに向けて気ままにシャッターを押し続けた。


CamCanal
街の雑踏の中に突然見える運河。案外細くて小さいので、これが遠くまで続いているとはなかなか思えない




さあて、今日は早めに帰って部屋の中の細々した物の片付け。
裁縫なんかも自分でやる。シャツとパジャマの取れたボタンを付けた。小学校の家庭科で習ったのをまだ覚えている。
その他気になっていたこと数件。処理。

夕飯に肉じゃがにチャレンジした。牛のばら肉がどうしてもスーパーでは見つからないので、シチュウ用の肉を使う。却って贅沢な肉じゃがだぞ。芋とにんじんと玉ねぎはバッチリ。ただ醤油はあっても、みりんがないので砂糖を大目に入れた。さらに調理酒もないので、代わりにスコッチウィスキーを入れる。この時点でスコッチ独特の木の樽のような匂いがキッチンに充満した。一瞬”ヤバッ”と思ったが、このくらいではひるまない。作業はどんどん続ける
よーく煮込んで試食。
美味ーい。肉じゃが制覇!嫁さんが渡英したら驚かしてやろう。

深夜、「接見」の自主稽古。一人で一人芝居の稽古に気合を入れるのはなかなか骨が折れる。落語家さんはどうしているのだろう?


3月8日(月)
午前10時からDEE CANNONの家で「接見」の手直し稽古。
こんな朝から稽古するために役者になったんじゃないけど、各々のスケジュールもあっていたしかたない。ここは踏ん張りどころだ。

今日は「接見」の前半2場までを、先日手直しした発作を入れて通して演じてみる。
自分なりに工夫した過程を演じて見せたら”Much better”とは言われた。しかし駄目出しも多かった。

最初にドアのこと。
この芝居では弁護士檜常太郎は部屋の外から入ってくることが多い。その際に実際にはないドアをパントマイムでずっと演じていた。そうすることで部屋の狭さも強調されるので都合が良かった。しかし彼女はドアを開けるマイムは要らないと言う。そこにいることですでに部屋は表現されているという意味らしい。
納得し難かったので、ドアのマイムは続けることにする。
彼女は仕方ないわねという表情で”It's my opinion”(私の意見よ)と言っていた。

芝居の始まりの檜の机の上の準備を短く
くしゃみをリアルに
パブの名前の”Here and there”を振りの時からゆっくりと
顔面神経痛をリアルに
2場の足の発作は段階を踏んでいるようにしたのでOK
斎藤や昇が日本名だということを分かるように
背中の痒みをシャツで擦った後の爽快感をリアルに

発音のこと。
これはいっぱいあった。日本人の不得意なRとLの違いもあった。
ちなみに列挙すると
lawyer,earlier, someone, for a lomg time, long, managerial position, arrested, arriving, read, later, comfortable, clothe, clean, tasteless, employee
もう嫌になってきたが、まだある
influence, principle, leisure, stagnat, hooked, Shivers, Robert Duval, 1 million yen, severe trial, released, sacked
こりゃ大変だ。一つずつゆっくりとクリアしよう

そして一旦帰宅して、準備万端「接見」の衣装も着込んでNorth Greenwichの英国国際教育研究所まで行く。「接見」の稽古を見てもらうためである。

校長先生を始めとして、先生やお手伝いの方が大勢見守ってくれた。
中にイギリス人の方もいて意見を色々もらう。例えば眼鏡の使い方。はずして眼鏡をかけ直すのと、事件の真相が少しずつ分かってくるのとをリンクできないかと言う。成る程そんな考え方も出来なくはない。少し取り入れてみた。
校長先生の言うには、やはり発作についての考察が必要なようである。イギリスの人はその理由とか、意味とか、効果にこだわるらしい。

「接見」の後には、リクエストに答えて落語「厩火事」もやった。この学校には落語クラブがあるそうで、大きなふかふかの座布団があった。さすがに感じが出て良い具合である。
すぐにお願いして、25日の日本大使館でも使わせてもらうことにした。助かった。日本風の座布団は絶対にと言っていいほど手には入らないのだ。

帰り道、美味しい中華をご馳走になる。
こちらには紹興酒がなくて”SAKE”つまり日本酒しかない。その酒が美味くて、ついつい杯が重なってしまう。
国鉄、地下鉄を乗り継いで帰宅。
服を脱いだらそのままベッドに入ってしまった。こんなことは初めてである。
疲れているのだ。


3月9日(火)
充分の睡眠。快適な目覚めで、部屋の掃除を始める。本格的に電気掃除機を使って丹念な掃除。気になっていたのは床のじゅうたんから布団まで、どんどん増えていく毛玉だった。毛玉取りを夢中にやる。こんなに毛玉が出るというのは、羊毛製品の質が粗悪だということなのではないかと思う。だれか真実を教えて欲しい。

例によって日記の更新。
そして「接見」きっかけシートの英語版を作る。日本で舞台監督が作ってくれたきっかけ表を元に英訳を試みる。用語が違うのでちょっと難しい。
何とか完成した物を、通訳兼音響係のジャミルと演劇プロデューサーに添付ファイルで送った。業界人間のチェックも必要であろう。

「接見」の台詞おさらいも済ませる。

夜は観劇。今日は定番のミュージカル。
Oxford CircusにあるPALLADIUM劇場の「チキチキバンバン」英題は”CHITY CHITY BANG BANG”だ。


ChitiThe
いかにも楽しそうな看板の劇場。この看板の通りに車が空を飛んだりするのである


名画座を見まくっていた大学生の頃に、デューク・バン・ダイクとジュリー・アンド・リュースの映画で見て好きだった。
会場はさすがに子供連れが多い。こんな素敵な劇場で子供の頃から観劇体験なんて羨ましい。平日だったので席はかなり空いていた。チケットも特別割引で£11.25と安かった。
思いがけず突然の群集シーンで意表を疲れた。演出の勝ち。
舞台の上だけにスタイルの良い女性を集めたのではないかと思うくらいに、女性ダンサーはスタイルが良い。この国の街中では太目の女性が多いので、どうしてもそういう意識で目線が行ってしまう。ダンサーの見た目の勝ち。
この芝居も1幕は話の筋振りが多くて、2幕の方が面白い。踊りの振り付けも2幕になるほど引き付けられる。これは常套手段のテクニックなのだろう。2幕の勝ち。
車が空を飛ぶシーンと、子供さらいの悪者が高ーい天井の奥まで飛ばされてしまうシーンは圧巻だった。劇場技術の勝ち。
出演者も多いがオケピも相当人数がいるはずだとふと思った。ミュージカルの数が多いのだから、そこで演奏している人もかなり多いはずだ。演劇人口総体が規模がでかいのだ。前に見た「Anything goes」ではカーテンコールで見せる指揮者のパフォーマンスも圧巻だった。指揮者も芸人、オケピも演劇人。イギリス演劇の勝ち。

褒め過ぎているが、もちろん子供向けのお芝居であることを考慮してである。
最後に、こういう芝居でも観客はスタンディングオベーションを盛んにする。舞台に積極的にそして有機的に参加するお客様の勝ち。
みんなで芸術を支えているのである

夜はイギリス人相手にメールを出す。
一人はイギリス人人の女性演出家Glen Walford。ロンドンの俳優学校には入れたのは彼女の推薦文のお陰である。今週Actors Centreで彼女の授業がある。それを受けたい旨を伝える。彼女には10数年前に「ヴェニスの商人」を演出してもらった。詳しくは私の舞台暦をどうぞ。
もう一人はR.A.D.A.の校長先生Nicholas Barter。「接見」の打ち合わせの件でメール。こういう場合は文面を考えるだけでも時間がかかる。
今日も深夜に及ぶ。


3月10日(水)47歳最後の日。つまり明日は誕生日
イギリスのカップ麺で朝食
これが不味い!酢豚味だった。予想していなかった味だけに不味さひとしお。基本的にどのカップ麺も不味い。日本の丁寧な職人の味に慣れている人間にとって、こんな粗雑な味は耐えられない。麺もぼそぼそで最悪。他の料理では感じなかったイギリスの味覚の貧弱さを感じる。途中で食べるのを止めてしまったほどだ。
30年前にすでに完成していた日清のカップヌードルの偉大さを改めて感じる。

Actors Centreでリーディング見学
ワンピースを着た小柄な老人女性が先生だった。よく動く手と、始終辺りを見回す目が印象的。落ち着きのない黒柳徹子と任命しておこう。
2月のMonologueに参加していた俳優さんから薦められただけあって、人気があるらしく15人以上が狭い部屋で授業を受けていた。しかし残念ながら私には授業の速度がちょっと速かった。先生が渡すテキストをどんどんこなしていく。中で短いなんでもない会話を、人物設定を変えて試すレッスンは比較的分かり易かった。そのテキストを盗み見して素早く書き写した。後で解読しよう。
会話からモノローグまであっという間に全員をこなし、各自の履歴を聞き出している。スウェーデン生まれのフランス人の女性で、英語、フランス語、ドイツ語、それにスウェーデン語と他に少々とすごいことを言っている人もいた。彼女とイタリア出身の男性の英語は聞き取り易かった。おそらく英語が母国語でない人の英語は日本人の私にも分かり易いのだと思う。これは一つ発見だ。
終了後に、次回は参加したいなというスケベ心があり”テキストが次回も同じならば、少し時間のかかる日本人の私でも参加できますかねえ?”というような内容を先生に問い質してみたら”まず英語の上達が肝心ね、流暢な英語が必要よ”とあっさり言われて出鼻をくじかれた。
確かに授業中もオーディションのことをしきりに話していたし、女性は髪型もチェックされていた。この授業はイギリスの仕事に直結することが前提だったのだ。
こういう場合は、すぐに降参!引き際も肝心。

夕方、演劇プロデューサーに「接見」英語版ビデオを渡す。明日の大和交流基金の発表の前に見て欲しかった。音響・照明の英語版きっかけシートもチェックをお願いしてあったが、”大丈夫、あれで分かるでしょ”と保障された。私の英訳が上達したということだろうか?
今日の夕飯はクリームシチュウ。材料は肉じゃがとほとんど同じ。ていうか全く同じであった。でも今回も大成功!日本の製品の味付けであれば、ほぼ間違いない。結局日本の生活を持ち込んでいる私である。
実はビデオを渡した帰りがけにも、日本食の”らいすわいん”で「一平ちゃん」や「ラ王」を買ってしまったのだ。もちろんキムチも忘れなかった。


3月11日(木)48歳おめでとう
小田原の母に電話。叔母も家に来ていたようで、赤飯を炊いているそうだ。幾つになっても子供は子供だ。
嫁さんは留守だったので、自宅の留守電に自分で自分のお祝いメッセージを入れた。

午後1時Baker Streetの大和交流基金到着。
控え室で「接見」の稽古をすぐに始めるつもりだったが、その控え室が図書室で面白そうな本がたくさんあったので目を奪われてしまう。中でも”一兵士による検定外ニホン史”という本に興味を引かれて、つい読み耽ってしまった。日露戦争の知らない逸話や太平洋戦争に至るまでの日本の愚かな行動と戦争の最中の日本兵の暴虐などが、兵士の目から公平に見た立場で書かれていた。凄い本だった。

久しぶりに体操などして稽古を始める。発作の改訂版をチェックして、少し変化も付ける。多少台詞の確認
3時からインターネットTVというインターネットの中の番組の取材があった。これはパソコン上で動画として私のインタビューや今日のリハーサル風景が見られるらしい。女性のインタビュアーの質問に答える形で30分以上喋った。 (WEBサイトが割り次第皆様にもお知らせします)

レセプションルームで音響係のジャミルと入念にリハーサル。今日は普通の部屋なので照明が使えない。音響もCDラジカセからしか出せないが、それだけに音は大事なポイントだ。私の口調も多少厳しくなってしまう。ジャミルも昨日送ったQueシートを見ながら真剣である。タイミングとボリウムに細かい指示を出した。
インターネットTVの撮影を早めに切り上げてもらう。早く自分の時間にしたかった。さっきのインタビュアーの女性がじっとこちらを見ていた。

定刻より大分遅れてスタート。こちらのお客様は仕事のこともあってあまり早い時間には観に来れないようだ。だから劇場の開演時刻が大抵夜7時半以降なのである。
いざ始めてみると前説が受けた。私の予想以上に受けた。
いつも使っているフレーズなのだが
"This is my first time to performe this drama in England. So you are very lucky or very unlucky."とか
"I'm not English. I'm Japanese. I'm not Philipino. I'm real Japanese."
そんな小ネタがはまった。こちらの人はスタンダップコメディのような、こういうベタネタジョークが好きなのかもしれない。

芝居の方は、今日は舞台照明は全く使えない。普通の部屋だから仕方ない。お客様に”イマジネーションを使いましょう。私が手を叩いて、照明が入ったり消えたりする指示を出しますから思い描いてください”と前説で頼んでおいたので問題なかった。
「接見」は元々こういう悪状況の中でもやるつもりの芝居である。
音響はCDラジカセしかなかったが、ジャミルがリハーサルの不安を打ち消すような絶妙のタイミングで音出ししてくれた。

気になったのは、上演開始直後から私の目の前で写真を撮っていたことだった。ああいう行為は集中力を削ぐ。途中でその側のおばさんが注して止めさせてくれた。心の中で感謝しながら芝居を続けていた。

まあ私の中では、多少のミスはあったが無事終了。ロンドン「接見」の初舞台は上々の出来で終えることが出来た。

沖縄料理屋で打ち上げ。今回の開催に尽力してくれた林さんもご主人共々喜んでくれた。演劇プロデューサーのKさんはニコニコ満足そうにしながらも、”やっぱり翻訳をもっと良くしましょう”ときちんとした意見も言ってくれる。彼女は「接見」日本語台本を相当気に入ってくれていたので、英語では可笑しさが同じように伝わらないのが口惜しいのだ。貴重な意見である。誰か日本語と英語の喜劇を上手に引き出してくれる人を探さなくては。次の夢のためには不可欠な要因である。


3月12日(金)
1時からDEE CANNONの家で「接見」3場と4場のチェック
今日は彼女の指示通り衣装を着込んで出かけたが、やはり昨日の本番のような高揚した気分にはなれなかった。

彼女の指摘
興奮すると英語が分からなくなる
網走番外地やヤクザなど日本の固有名詞が分からない
”網走番外地のシリーズ”は”ABBAのCD”に聞こえたらしい。文脈の流れからそうなる訳はないのだが、そう言われてしまえば仕方ない。私のの発音も悪いのだ。意外だったのは”ヤクザ”が伝わらなかったことだ。私の知る限りはこの単語は世界に通用すると思っていたが、それは主に男性の場合だけで女性には分かりにくいらしい。これは”Gangster”と台詞の中に上手く注釈を挟むことにした。

どうしてこの弁護士は被疑者にそんなに肩入れするのかと身も蓋もないような意見も言われた。これは困った。この国では弁護士には充分なステイタスがあり、事件に溺れるようなことはしないのだ。それは分かる。しかし「接見」は日本の弁護士の話だ。しかも水谷さんらしい庶民派の弁護士。決して強者になれない存在だ。ここは彼女の意見に折れる訳にはいかない。でも知的階層としての冷静さは失わないように努力すると答えた。
同じような理由で鉛筆でメモを取るのはおかしいと言われたが、これも檜の生活感である。現実にはあまりあり得ない弁護士を、あり得る様に見せることこそが舞台のリアリティである。作者や役者の創造力である。これも私の意見を通した。

基本的に彼女とのレッスンを始める前から想像していたが、私と彼女の妥協点を探すことだと思っていた。完璧に納得した答えなど求めようがないと思う。それこそ文化から生活に至るまで国民性の違いであり、私が彼女の意見を鵜呑みにしてしまったら日本人の私がこの芝居をやる意味が無い。もちろん文化の交流も何も無くなってしまう

最後の台詞が観客に訴えているようだと言われる。私としては被疑者に話しかけているとしか思っていなかったから面食らった。私の表現力不足であろう。すぐに違う演技パターンをやって見せて納得してもらった。言葉が違うとこういう勘違いまで起きてしまうのだなあ。

一旦帰宅。着替え。

Hammer Smithで楠原さんと待ち合わせ。佐藤章子さんの芝居を観に行く。
Lyric Theatreという前衛劇なども上演することで有名な劇場
案の定、昔のアングラのようだった。特に入場から芝居への寺山的な導入部、繰り返しで終わる終幕などはその典型だった。全然難しく考えて見なかったので、むしろ微笑ましかった。
ただ選曲が類型なのは気に入らなかった。

パブでもう一人の日本人女性を交えて飲む
ブラジル人の演出家とも話す。彼は日本で狂言の勉強をしていたことがあるらしい。「七つ子」という小謡いを一節歌ったら、”それは「棒しばり」の曲ですね”と日本人でも滅多に知らないことを指摘された。もちろん私も慌ててしまった。確か1回だけ国立能楽堂で、その狂言と小謡いを見たことがあるのだが・・・
このように日本の文化を知っているのは、却って外人だったりするのだ。コッポラ娘の「Lost in transration」に腹を立てる資格は無いな、私には


SatoAki""
これまたピンボケではありますが左が佐藤さん。彼女にはその後RADAの公演でもずいぶん助けてもらった。右は声楽を習っていたらしいもう一人の日本人女性。



酒の勢いで楠原さん宅にまた泊まってしまう。


3月13日(土)
朝から練習に出かける楠原さんと共に起床。出発。
Warren Streetで別れて、私はCamdenに向かう。
いつもと違う店でEnglish Breakfast。少し高かった。日本人に興味があるらしくて店員に盛んに日本語で話しかけられるので、こちらも新し日本のい言葉を教えてあげた。店内で俄かの異文化交流である。
帰宅して二日酔いと睡眠不足で仮眠・・・のつもりが熟睡。

昼過ぎに起床。着替えや支度もあわただしくLeicester Squareのハーフプライスチケット売り場に向かう。今日はミュージカルのマチネを見るつもりだ。ただ駅に着いたのが2時ちょっと前、まだマチネの残券はあるだろうか?
どこの売り場も長い列である。土曜日はいつもこうだ。それでも少人数の列の店に並んで待つ。やっと順番が回ってきて、土田くんから薦められた「BOMBAY DREAM」のチケットを手に入れることが出来た。良かった。
すぐに上演劇場のあるVictoriaに向かう。今日はApollo Victoriaという劇場だ。


Bombayth
これがその劇場の表玄関の表情。Victoriaの駅を降りるとドカンと構えた感じで建っている



この劇場は今まで見た劇場の中ではかなり新しいのではなかろうか?天井桟敷などの造りがモダンである。そして大きい。地理的要因と見た目で新宿コマか明治座辺りに匹敵すると思う。

感想は過剰書きで、ご容赦を
インド人の劇団新幹線と思ったほうが良い。話しはお決まりの貧乏人のサクセスストーリー。ラブストーリー。そして勧善懲悪。でも面白い
水の使い方が凄い方が特に良かった。上演中に噴水や池が舞台に出現するのだが、水浸しにはならずに展開していく。どういう仕掛けなのだろう?
セットも照明もきれい。奥行きや高さを縦横に使った舞台美術、石を投げる芝居をするとそれに合わせて電球が破裂して切れる照明など。斬新な使い方が多かった。
インドぶようを上手に取り込んだ振り付け
耳に残ってしまうメロディライン。結局CDを買ってしまったのは私だけではなく大勢いた。
とにかく考えずに楽しむのなら、この作品はお薦めだ。
舞台にインド人だらけというのもイギリスの懐の深さであろう

夕飯は再度肉じゃがにチャレンジ
今回はグレードアップした。肉は倍の値段の牛肉。お酒の代わりにワインを使う。 ピカデリーの”らいすわいん”で糸こんにゃくも仕入れてきた。本格的である
汁が多過ぎたが本日も大成功
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18日予定のNorthamptonshire Grammar Schoolの予定表やらを作ってFAX。
落語のワークショップを2時間くらい続けなければならない


3月14日(日)朝からどんより曇って雨。ロンドンらしい
ポカンとした日曜日。睡眠も充分。

午後からLONDON ZOOに行く。いつも通っている274路線のバスが直行するということを最近になってやっと知った。しかもかなり近いらしい。
イギリスでレッスンする俳優は、大抵この動物園に行かされるらしい。好きな動物の動きを真似する訓練のためだ。そういえば私も18歳の時に、同じような経験をしたことがあることを思い出した。今回は誰からもそんな指示は出ていないが、たまには動物園もいいだろう。
確かにバスで駅からすぐだった。”着いたら教えてください(Please let me know when T get to there.)”と運転手さんに頼んだら、彼が呆れたくらいに近かった。
動物園はRegent Parkの端に位置する。で、このRegent Parkが広いのなんのって、広い。地下鉄の駅を幾つもまたいでいるほど広い。公園の地図を見て、地下鉄に乗っていたんでは分からないロンドンの位置関係も分かった。

早速入場券を買って入る。£13。少し高いかな?
今日はゆっくり見てやろうと思ったら、冷たい雨のせいで動物がほとんど屋内に引っ込んでいた。最初に見ようとしたミーアキャットは私が到着したところで丁度ねぐらに入ってしまった。見えたのはお尻とと尻尾だけだった。
虎もアムール豹も寒いからか動こうともしなかった。
かろうじてライオンは小鳥を追いかけて出てきたところを運良く見かけた。
動かないのは哺乳類だけではない。爬虫類は変温動物だから、ほとんど動かないことを説明書きと実際の彼らの行動を見て納得させられてしまった。
雨の日の動物園は、いまいちだったのか。寒いし、トイレも近くなる。
こんな日に動物の動きを観に来た俳優は、どう表現するのだろう?全く動かないトカゲの真似をして、固まったままだろうか?こんな日でもよく動く猿を選ぶのだろうか?

他に昆虫館やら水族館などもある。キリンも獏もいたが、小屋の中だった。
数だけはたくさんいるので、きちんと見ようと思うと相当時間はかかる。
3時間ほど隈なく歩いて動物園見学を終える。
今度は大きな水族館に行ってみたいな。何を隠そう、海が好きな私は、水族館好きでもある。

Camden Townの街に戻って、前からチャレンジしてみたかったことを実行してみる。
それはイギリスの床屋さんに入ることだ。
言葉で上手く説明できない上に、どんな腕前なのかも分からない床屋さんに入るのはちょっと勇気が要る行為だ。今日は思い切って、昨日見つけておいた床屋さんに入ることにした。”For Men & Women”という謳い文句にそそられた。女性の髪も切っているのなら繊細なのではなかろうか?それにパンクロック系の頭は別として、そんなにダサい髪型の人にもこのロンドンではお目にかかっていないから飛び込みの店でも大丈夫だろう。
意を決して、店に入る。何かパッとしない。嫌な予感はした。
とにかく”ナチュラルに”と寄って来た男性店員に頼む。”どういうナチュラルがいいのかな?”的な、タメ口調の質問が帰ってきた。”1ヵ月後に、また切ってもらうくらい”と用意しておいた答えをした。これでも、私には考えた末の答えだった。
”それはこれを使った方がいいか?”とバリカンを持ち上げた。刈り上げは嫌だった。当然”No!”と答えた。
”じゃハサミだな”と彼の結論が出た。あっという間に霧吹きで私の髪を濡らし始めた。そうなのだ、ここにはシャンプー台などないのだ。頭がすっかり冷たくなったところで、”このくらい切っていいか?”と私の髪を持って示した。眼鏡を取ってしまったので、よく見えないが、大体良さそうだった。私が”OK”というが早いか、ジョキジョキとやり始めた。慣れた手つきで切っていくが、どうもおでこの辺りを切り過ぎのような気がした。しかし文句も言えなかった。15分もしないうちに作業は終わっていた。
”どうだ?”と鏡を見せられる。そこには成田三樹夫の髪形をした私が座っていた。星セントルイスのセントさんと言ってもいい。スタートレックのMr.スポックのようでもある。
失敗だった。
半分その失敗も期待していたが、やはり失敗は良い気はしない
そもそも£6。安過ぎた。安物買いの、髪失いだった。

部屋に戻る。どうも首筋がチクチクするのでシャワーを浴びようとしたら、シャツの首の周りからボソッと切ったばかりの髪の毛が落ちた。雑だ。

雑といえば、こちらの国のビニール包装は雑だと思う。
日本では食品関係などは、必ずビニールの切り口が丁寧に指示してある。切り易くなっている
ところがこの国の商品は開けるのにちょっと苦労する。別に真空パックでもないのに妙にしっかり閉じてある。指先や握力の貧弱な私には、ちょっとした労働になってしまう。

この2ヶ月に撮り溜めた写真を整理する。アルバムの半分近くが埋まっていく。確かに今回の旅も半分近くが過ぎている。
これからどんな時間がアルバムを埋めていくのだろうか?

それにしても今日は頭が寒い


3月15日(月)
12時40分。Goodge St.で、S君にRADAの「JAILTALK」のチラシを手渡す。S君は4月16日と17日に市内の教会でやるライブの主催者だ。私も2日とも参加する。

1時。RADAにてNicholas Barterと面会。舞台稽古と音響・照明スタッフなどの打ち合わせ。段々具体的になってきた。

2時。Bond St.のYさんのアンティークショップを再訪。借りていたCDを返して、5月の予定の打ち合わせ。
何気なくガラス棚に飾られていた皿が200万円もするのを聞いてビックリする。地震の多い日本では、絶対にあんな陳列の仕方は出来ないだろう。

3時半。Japan21でRADAのチラシの小型版を作成に行く。”ありがとう”や”ライスワイン”などの日本人向けの店の掲示板用だ。
到着したら、すでにドナギーさんが完成品を用意して待ってくれていた。ありがたや!事務所にお礼がてら顔も出す。

4時。Fortnam & Masonでお土産用の紅茶の下調べ

4時半。以前に通っていたFrances King英語学校へ来週のレッスンの予約に行く。
1週間だけ午前中の授業を受けることにした。校舎はVictoria校。
ついでに前にお世話になった先生に挨拶してRADAのチラシを渡す。抜かりはない。

ここまででもよく歩いている。移動だけでも我ながら大変だ

Leices Squareで「CHICAGO」のチケット購入。これでもかの怒涛の行動
劇場を探しながらCovent Gardenまでぶらぶら歩く。格好良い本屋が多いので時々立ち読みに入る。
午後6時。私の止まり木になっているActors Centreでサンドイッチを買って食事休憩。気楽に入れて、落ち着く。こういう場所があると本当に助かる。

さて肝心の「CHICAGO」だが、期待していただけに拍子抜けした。本当にこれがボブ・フォッシーの振り付けなのだろうか?
テンポの早いミュージカルに合わせて、速射砲のような英語の台詞が飛び交うので困ってしまった。これは私としては受け付けない作品だった。
中でヒロインの情けない夫を演じている有名らしいベテラン俳優の役回りが私に向いているなと感じながら見ていた。正直で小心者の役をゆっくり丁寧に演じているので、芝居も言葉も分かり易かった。
残念ながら、この程度の感想の芝居









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